8 / 24

第8話 困らせるコトがないのなら

 誓将先輩のクレープを購入し、人の流れから外れた。  露店から少し離れるだけで、簡単に人混みを抜けられる。  夏祭りの会場は、公道と山間に挟まれた自然豊かな公園で、休憩用のベンチが至るところに設置されていた。  空いているベンチに隣り合って腰を下ろし、誓将先輩へと瞳を向ける。  きらきらとした瞳でクレープを見詰めた誓将先輩は、口を大きく開き、それに(かぶ)りつく。 「……なんで、喋らないんすか?」  唇の端にチョコレートをつけたままの誓将先輩は、もぐもぐとクレープを咀嚼し、周りに視線を走らせた後、口を開いた。 「こんな格好なのに、この声と喋り方だと違和感しかねぇだろ」  確かに。誓将先輩の声は、それほど高くない上に、言葉遣いもよろしくない。  可愛らしい“チカちゃん”の格好で、普段と同じように喋れば、その違和感に周りの目を惹いてしまうというのも否めない。  だけど。  話が出来ないのなら、やっぱり俺は、誓将先輩のままが良かった。  “会話”と“手繋ぎ”のどちらかしか手に入らないのなら、俺は“会話”を取りたかった。  また、話すコトを止めてしまった誓将先輩は、美味しそうにクレープを食む。  誓将先輩の気遣いを、棒に振りたくはない。  だけど、物足りなさも否めない。  胸のもやもやを晴らすように、俺は誓将先輩の顎を取った。  自分に向けさせた誓将先輩の顔は、きょとんとした空気を纏う。  口の端についたままのチョコレートを、ぺろりと舐め取る。 「チョコ、ついてましたよ」  にこっと笑ってやる俺に、恥ずかしそうに瞳を游がせた誓将先輩が、ぼそりと小声で毒づいた。 「お前は喋れるんだから、言えばいいだろ……」  せっかく人目を気にしないで触れられるのに、言葉だけで済ませる訳がない。  誓将先輩は、自分の性癖を隠している。  俺が不用意に踏み込んで、周りにバレてしまわないように、気をつけているつもりだ。  でも、今の誓将先輩は“チカちゃん”だから。  抱き締めたって、キスをしたって、“誓将先輩”に迷惑がかかるコトはない。

ともだちにシェアしよう!