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第8話 困らせるコトがないのなら
誓将先輩のクレープを購入し、人の流れから外れた。
露店から少し離れるだけで、簡単に人混みを抜けられる。
夏祭りの会場は、公道と山間に挟まれた自然豊かな公園で、休憩用のベンチが至るところに設置されていた。
空いているベンチに隣り合って腰を下ろし、誓将先輩へと瞳を向ける。
きらきらとした瞳でクレープを見詰めた誓将先輩は、口を大きく開き、それに齧 りつく。
「……なんで、喋らないんすか?」
唇の端にチョコレートをつけたままの誓将先輩は、もぐもぐとクレープを咀嚼し、周りに視線を走らせた後、口を開いた。
「こんな格好なのに、この声と喋り方だと違和感しかねぇだろ」
確かに。誓将先輩の声は、それほど高くない上に、言葉遣いもよろしくない。
可愛らしい“チカちゃん”の格好で、普段と同じように喋れば、その違和感に周りの目を惹いてしまうというのも否めない。
だけど。
話が出来ないのなら、やっぱり俺は、誓将先輩のままが良かった。
“会話”と“手繋ぎ”のどちらかしか手に入らないのなら、俺は“会話”を取りたかった。
また、話すコトを止めてしまった誓将先輩は、美味しそうにクレープを食む。
誓将先輩の気遣いを、棒に振りたくはない。
だけど、物足りなさも否めない。
胸のもやもやを晴らすように、俺は誓将先輩の顎を取った。
自分に向けさせた誓将先輩の顔は、きょとんとした空気を纏う。
口の端についたままのチョコレートを、ぺろりと舐め取る。
「チョコ、ついてましたよ」
にこっと笑ってやる俺に、恥ずかしそうに瞳を游がせた誓将先輩が、ぼそりと小声で毒づいた。
「お前は喋れるんだから、言えばいいだろ……」
せっかく人目を気にしないで触れられるのに、言葉だけで済ませる訳がない。
誓将先輩は、自分の性癖を隠している。
俺が不用意に踏み込んで、周りにバレてしまわないように、気をつけているつもりだ。
でも、今の誓将先輩は“チカちゃん”だから。
抱き締めたって、キスをしたって、“誓将先輩”に迷惑がかかるコトはない。
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