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財前翠(ざいぜん みどり)

 双子の弟が大好きだった。同じ顔して、俺が笑うと無邪気に同じように笑う。いつも一緒にいた弟。お母さんが遅くなる日だって、弟かいれば平気だった。  お母さんが用意していってくれた夕飯をレンジでチンして食べる。一緒に歯を磨いて、一緒にお風呂で洗いっこして、お揃いのパジャマを着て寝る子供だけの、俺と弟だけのちょっと楽しい時間。 「お母さんが夜いなくて可哀想に」同じアパートのおばちゃん達が言ってるのが聞こえた時があったけど、俺と蒼は二人の時間を、ちょっぴり大人になった気持ちで楽しんでたんだ。  なのにお母さんは、1人しか育てられないって言って、弟をどこかに預けた。あれは幼稚園の年長さん、6歳の時だった。  弟がいなくなった直後は寂しくて寂しくて、弟に会いに行こうと考えた。場所がよく分からなくてお母さんに訊いたら怒られた。  会いに行けなくて、淋しくて、俺は段々と、1人で楽しくしてるだろう弟、蒼が羨ましくて、妬ましくて、その気持ちは歪んでいき、やがて、恨むようになってしまった。  この毒母の元から1人だけ去って楽しくしてるだろう蒼と事を考えると憎くて仕方がなくなった。可愛さ余って…というやつだろう。毒母というのが言い過ぎなのか、世間の母親がこういったものなのか、自分の母親しか知らない俺は分からない。  離れるのが嫌で最後まで手を繋いでいた蒼を恨むのは違うだろと、心の中では分かっていた。残ったのが蒼でなくて俺で良かったとも思った。蒼が本当に楽しくしてるのか、何を考えてるのか、俺たちを待ってるのかなんて考えもせずに憎むようになってた。  気づいた時にはお父さんという存在はいなかったから、最初からいなかったのかもしれない。母親は夜の仕事をして、男を連れ帰ってくることが多かった。  小さかった僕ら双子は寝てる時間。蒼は寝てしまえば朝までぐっすり寝息をたてて寝ていた。でも俺は違った。小さな物音でも気づいて目が覚めてしまう。  母親と三人で並んで寝てる時は、俺が物音で起きた事が分かると、母親がとんとんと優しく背中を叩いてくれた。俺が起きやすい子供なのを知っていたのに、男を連れ込んでは「子供はこの時間ならぐっすりだから大丈夫よ」と、しょっちゅう獣みたいな声を出していた。  母親が獣みたいな声をだして、襖1枚向こうにいるとき、俺は毎回両耳をふさいで、布団を被ってた。早く終われ。早く終われ。いつもの優しいお母さん戻ってきて。って。  そんな音の中でも蒼はぐっすりだったから、このことを知ってるのは俺だけ。蒼は起きなくていいよ。こんなお母さんの声聴かなくていいよ。そう思いつつも、起きないというそれだけの事でも蒼の事が羨ましいという気持ちが湧いてしまう時があったんだ。

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