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 愛育園の階段は、一度途中で折れ曲がっている。そのおかげで、下まで転がり落ちるわけではなく、途中の段で止まった。  昼食が終わった午後の時間帯で、俺とゆうこねぇ二人だけがいたわけではなく、他にもゆうこねぇの友達、直樹もいたので、その友達から悲鳴があがったのが聞こえた。 「ゆうこ!それはやり過ぎでしょ」 「だって!だってさ!あいつさえ居なければ正彦にぃはあたしの事彼女にしてくれたかもしれないのに!あの男女がいるから!」  女子の嫉妬は怖いな、怖くて醜いなと倒れたままぼんやり思った。直樹が数テンポ遅れて叫びながら駆けおりてきた。 「あおちゃん!あおちゃん大丈夫?!どこか痛い?!」 「あ~、直樹騒ぐな。また園長に叱られっぞ。どこも…っつぅ…」 咄嗟に身体を支えようと右手を出したらしい。右手首か傷んだ。 「やべっ、右手首いてぇわ」 「どうしよう、どうしよう、病院…」 「病院はダメだ。固定しときゃ治るし、俺左利きだから大丈夫だから」 「あっ、そうだ、あおちゃん行こう!立てる?」 「あっ?立てるけど何処に?」 「舘脇さんちだよ!」 ゆうこねぇ達に聞こえないようにか、直樹はこっこり俺にだけ聞こえる声で言った。 「あー、あんたらも騒いでとまた園長に叱られんじゃね?」 興奮冷めやらぬという感じのゆうこねぇ達に声をかけたら、あいつムカつく!とか後ろで怒鳴ってんのが聞こえた。あーあ、余計な一言言ったかな。  玄関を出て、愛育園の門を出た辺りで直樹が話し出した。 「あおちゃん、さっきの正彦にぃが…とか言われてたのって、最近村田くんに呼び出されてるのと関係あるんだよね?」 「あーー、そうかも」 「ねぇ、俺真面目に心配してるんだから教えてくれてもいいじゃん。なにか力になれるかもしれないし?」  話ながらあの公園が見えてきて身震いする。直樹も俺の視線で気づいたのか、何も言えなくなったらしい。舘脇さんの家まで公園を突っ切った方が早いのを二人とも知ってるはずなのに、どちらも言い出さずに公園を通らず遠回りして舘脇さんちに向かった。あの後、公園には行ってない。小さい子達に誘われても行ってない。まだ足を踏み入れたくないんだ。  道中、舘脇さんちに行くのは迷惑なんじゃないかと思い始めた。でも、右手首はだんだん痛くなっていく。ズキン、ズキンとその場所に血液が集中していくかのようだ。見るのが少し怖くて見ていなかったんだけど、チラっと見てみると赤く腫れてきてるのが分かった。これ、もっと痛くなるのかな、嫌だな。前にフォークを刺された所もまだ痕がついてるし、最近靴の中に画びょうとか入ってたのも、もしかしたらゆうこねぇがやったのかもしれない。たまたまキラっと見えたから、なんだろうと思って靴を逆さにしてみたけど、気づかなかったらあのまま履いてた。  少し錆びた画びょうが足に刺さったら痛いだろう。少し、身の回りに気をつけて生活するようかもしれない。

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