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 舘脇さんちに着いたら、舘脇さんはいなかった。多分前に言っていたお手伝いのおばさんが出てきて、俺と直樹の名前を聞くと家にあがるように言われた。  舘脇さん、俺たちがそのうち来るかもって、おばさんに話しておいてくれたんだ。  一度会っただけの舘脇さんの優しさが、普段見ている大人の園長と真逆のように感じて戸惑う。大人がみんなあんなわけじゃない。学校の先生も俺が愛育園から通っているからといって、表向き別に他のクラスメイトと変わらない扱いをしてくれる。表向きってつけたのは、こないだ嫌な思いをしてから大人を疑うようになってしまったから。  その前だったら、担任の先生は普通に良い先生だなくらいしか思ってなかったな。  お手伝いのおばさんは、紅茶とクッキーを持ってきてくれた。 「若い子にはジュースがいいのかもしれないけど、このうちにはジュースが必要ないから紅茶飲んでみてね」 急に訪ねてきた俺たちなんて水でも構わないのに。飲んでみると温かい紅茶の良い香りで気分も落ち着く感じがした。   「そのクッキーも私が焼いたんだけど良かったらどうぞ」 にこにこ笑いながら言ってくれたから遠慮しないで食べてみる、まだ焼きたてなのか少し温かくてサクっと口の中で溶けた。 「うわぁ、美味しい!ねっ、あおちゃん、美味しいね!…あっ、あの、おばさん、あおちゃん手首ケガしちゃって、なにか…湿布かなにか貰えないかと思って……」  おばさんはティーカップを持ってる俺の左手を見て、なんともなさそうなのを確認してから反対の右手を見た。 「まぁっ!あなたそれ手首腫れてるじゃない!ごめんねおばちゃんすぐに気づかなくって。大分腫れてるから病院行った方がいいんじゃないかしら……」 「あんまり…騒ぎにしたくないから病院は……」 「もしかして、誰かにやられたのかしら?」 「ちがっ、俺が、俺が転んだ時に変な手のつきかたしちゃって………」 信じてくれたかは分からないけど、おばさんは救急箱を持ってきてくれた。  前回舘脇さんが持ってきてくれたのと同じもの。 「とりあえず湿布して包帯巻いておくわ。痛みが我慢出来なかった時の為の鎮痛剤も渡しておくわね。それから、舘脇さんには言っておくから、毎日湿布変えにきていいわよ。どうしても酷くてもっと腫れて痛みが我慢出来なかったら病院に行く事。それはおばちゃんと約束してほしいな」 「病院……わかりました。大丈夫そうな時はまた来ても…迷惑じゃないですか?」 「大丈夫!迷惑なんてないわ。湿布の効果が何日も続くわけないし、舘脇さんもきっと同じこと言うと思うわ。それにあなた達が来てくれたって聞いたら、明日も来るかと早く帰ってくるかもしれないわ」  そんなもんかなぁ。舘脇さんは優しくて信用出来る大人だと感じたけど、俺と直樹が毎日来たらさすがに迷惑なんじゃないかな。 「そうしましょ。明日も湿布を変えにうちに来てちょうだい。伝えておくわ」  おばさんは楽しそうに勝手に自分の中でそう決めたようだった。本当に迷惑じゃないんだろうか。  残ってるクッキーが勿体無いから食べて、紅茶も飲みほした。初めて食べる素敵なおやつは美味しくて、でも俺が食べていいものだったのかな?とも思った。おばさんが誰かの為に作ったのに見ず知らずの俺に…。  お菓子と手当てのお礼を言い、明日も来る事を約束させられた。あなた達くらいの子供が来てくれると嬉しいのよ。と繰り返されたから明日も来なきゃと思った。

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