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翠、現在

 俺は変わらず財前家にいた。母さんはあれから帰ってきてないのに。今でもあの料理は母さんだったのかもしれないと考えると、気持ち悪い嘔吐感ではなく絶望でえずきそうになる。  恐怖。畏怖。  義父は俺の想像がつかない思考をしている化け物で、俺は逃げ出したら母のようにされるんじゃないかという恐怖により、あの家から動けないままだった。勇気があればこの年なら家出して年を誤魔化し働くことも出来るかもしれない。でもここで与えられている裕福な暮らしを手放し、働きながら一人で貧乏な暮らしが出来るのかと問われたら、それは出来ないと答えるだろう。  家庭教師もつけてくれて、秀明高校という都内でも屈指の高校に通う俺。ここに来てから生活は不自由なく暮らせている俺。勉強面ではなく生きる力という面ではまだまだ幼い子供と変わらない俺。  ここから逃げ出すには相当な覚悟が必要だった。  そんな俺には一つだけ手駒がある。俺の義兄の光輝兄さんだ。  この人は俺がここに来た時から、変な目で俺を見ていた。義父が俺の写真を撮り始める前から、気持ち悪いジトっとした目でこちらを見ていたから、子供ながらに気持ち悪い大人だと思った。父親に金があるからと定職にもつかずにブラブラと遊び歩いていて、家には昼間いたり夜いたり、不規則な生活をしていた。  お義父さんに似た顔立ちをしているのに、優しそうという印象よりも先に気持ち悪いと思ってしまった。ジト…とこちらを見て全身見ている割に話しかけてこない変な大人。立ち振る舞いで人はこんなにも違って見えるんだと、学ばせてもらった。  光輝兄さんはたまに俺に話しかけてくる時どもったり、やたら頭を撫でたり触ろうとしてきた。義父がいる時は絶対に触ろうとしてこない。何か身を守る術を考えなきゃと思ってた俺は光輝兄さんのある姿を見た時に考えを変えた。この人を味方にしておこう。蒼を守る為にも。やっぱり蒼は憎む存在ではなく、守らなきゃならない弟だと、近くにいるわけでもないのにそう思えた。  味方にしてから光輝兄さんは定職に就きちゃんと俺のためにと働くようになった。  あの日、光輝兄さんは……

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