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side もう一つの物語 ②
それから黄昏時に小高い丘の上でソンジュと会い、二人して空を見上げて様々な話をするのがカルムのかけがえのない日課となった。
好きな食べ物、苦手なもの、家族のこと、話すことは大抵たわいもないことだが、毎日を鍛錬でおわれているために今まで友達がいなかったカルムにとってはそのどれもが新鮮で面白かった。
「グガァァ───!!」
薄紅に染まる空に落雷のような咆哮が轟く。
毛のない黒い皮膚がはりついたいびつな形の頭に赤く鋭い鉤爪をもつ魔物アマローダとカルムは父と一緒に交戦していた。
当初は百匹近くいた彼らはその数わずか数頭となっていた。
ちらりと父を見やれば、三匹のアマローダを巧みな剣裁きで瞬殺していた。
カルムは短剣を構えなおすと、跳びかかってきたアマローダの顔面に突き刺した。
背後にあった木にアマローダもろとも叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。
腐った魚のような匂いがする緑の血液が滴り落ち、地面に水たまりをつくった。
「カルム、怪我はないか?」
最後の一匹を屠った父が気遣わしげにカルムを見遣った。
「何とか大丈夫」
立ち上がり、服についた埃や砂を手ではたき落とす。
「カルム、俺はこれから祠に異変がないか調査し、念のためにこの森をみまわる。
遅くなるだろうから、先に帰って晩飯を食え。」
「わかった。父さん、気をつけてね」
本当は心配で一緒にみまわりたいが、昼間から今まで何時間も戦い続け疲労困憊した自分は足手まといになるだけだ、そう判断しカルムはしぶしぶ踵を返した。
「カルム」
名を呼ばれ、振り返ると父がとても真剣な表情でこちらを見ていた。
「二年前、俺がした話を覚えているか?」
「当たり前だよ!忘れようたって忘れられないよ」
何せその話がカルムの道を定めたのだ。
カルムが赤ん坊の頃から、耳にタコができるほど聞いた世界の創世神話が。
───二年前
『かつてこの世は混沌とし『無の世界』と呼ばれていた。
あるとき『無の世界』で大爆発が起こり、大空洞が生じた。
そこに『無の世界』の王の三男トナカリポカが移住してきた。
トナカリポカは息から空と大地や海を創った。
そして空には涙から造った太陽と月や星々を置いた。
さらに大地に血を垂らし山々や峡谷、岩石を飾った。
最後に海の水から八千の神々を生み出したトナカリポカは力を使い果たし世界の果てで深い眠りについた。
生まれた神々は世界に季節を定めた。
それから己らの骨から様々な生き物を生み出し世界を彩った。
こうして世界は完成した。
しかし、トナカリポカの兄、オメテリワトルとオメテクトーリはトナカリポカの不在を狙い、世界を支配しようと魔物を率いて侵略してきた。
神々は果敢に立ち向かった。
そのとき、神々を率いた四人の総大将が運命と勝利を司る蒼虎アルセリアティグレ、叡智と芸術を司る白銀竜エテンラート、鍛冶と愛を司る緋鷲ヒグローム、豊穣と富を司る黄金鹿ディアルクスである。
アルセリアティグレの軍は戦の最前線にたち敵を蹴散らしていった。
エテンラートの軍は嘘の伝令を敵に吹き込み罠に陥れた。
ヒグロームの軍は他の軍が使用する武器や防具と道具を製造・修理した。
ディアルクスの軍は他の軍への食料供給を担った。
戦は千年続いたが、ついにアルセリアティグレがオメテリワトルを倒したことにより終結した。オメテクトーリは兄の死をしり、一部の魔物を置き去りにして『無の世界』へ撤退した。
その後百年かけて、エテンラートとその使者が各地の『無の世界』へ通じる空間の裂け目を封印し、ヒグロームとディアルクスが力を合わせて世界を復興させた。
世界は平和を取り戻し、今日まで続く。
だが忘れてはいけない、兄の復讐を誓いこの世界を支配しようと虎視眈々と狙っているオメテクトーリの存在を。』
いきなり森の祠まで連れてこられて、何をされるのかと思えばいつもと同じ話を聞かされて、拍子抜けし、どこかがっかりした自分に父は驚くべき続きを述べた。
『アルセリアティグレ、エテンラート、ヒグローム、ディアルクスの四大英雄神は自身の能力の一部と特別な姓を信仰心の厚い者に与え、封印を『無の世界』のものから守護するよう命じられた。
その者たちの中で、ディアルクス様から植物と会話する能力とオブライエンの姓を与えられラサ村の封印の守護を仰せつかったのが俺たちのご先祖様だ。
ご先祖様は封印をより強固にするために上に祠を建て結界を張った。
そして代々一族の中で一番力のある者が能力と姓を受け継ぎ、祠を守る守護者となった。
お前には植物と会話する能力がある、つまりオブライエンの姓を受け継ぐ資格があるんだ。』
そこで大きく息を吸い、父はカルムに選択を切り出したのだった。
そして、それに対する自分の答えは───
「覚えているならいい。
引き留めて悪かった。もう行け。
晩飯を作る時間がなくなるぞ」
父はカルムに右手を緩く振ると祠に向かっていく。
何か別のことを父は言いたかったんじゃないのかそんな考えが脳裏をかすめるが朱から薄紫色になりゆく空を見て思考が吹き飛んだ。
まずい、早くしないとソンジュに会えない!
カルムは一度だけ父の方を振り返ると全速力で丘へと駆けた。
カルムが丘に辿り着いたのは、空が薄紫色から濃紺へと変わりゆく頃だった。
さすがにもう帰ったよな───荒い呼吸を整え、それでもといつもの木陰をみるとそこには───
「ソンジュ、待っていてくれたんだ」
見慣れた安心する存在はどこか不機嫌そうな顔をしながらも、ああと頷いた。
それにくすぐったい気持ちになりながら、ソンジュの隣に腰を下ろす。
「アンヘルさんの容態はどう?」
「ジョナサンさんの薬のおかげでもうすっかり元気だよ。病み上がりだからおとなしくしていてほしいのに、もう金槌をふるっているんだ」
やれやれとした口調とは反対にソンジュの瞳はとても優しい色をたたえていた。
アンヘルは村の腕のいい鍛冶屋でソンジュの養父でもある。
アンヘルには疲れると工房の床で寝てしまうという困った癖があり、先日、もともと風邪気味だったアンヘルはそれが原因で余計に風邪をこじらせてしまったのだった。
そこで呼ばれたのが村の調薬師でもあるカルムの父───ジョナサンである。
ジョナサンはアンヘルに床で寝ないよう厳重注意し、とても苦いがよく効く薬を処方したのだ
「そっか。アンヘルさんらしいな」
もう結構な年なのに、年寄り扱いするなといって元気に金槌をふるうアンヘルとそれを困った顔して止めようとするソンジュの姿がありありと目に浮かび口もとがゆるむ。
「……俺が…………でないなら……」
ソンジュの掠れた呟きは風に消えカルムには届いていない。
「ソンジュ、明日…………」
振り返ったカルムはソンジュの瞳がこちらを見ていないことに気づく。
その瞳はたしかにカルムを映していたが、感情の色はなく、空虚でカルムがいないかのようにここではなくどこか遠い彼方を見つめている。
ああ、まただ、またこの瞳をしている───よし
カルムはソンジュの方に向き直ると思い切り頭突きをぶちかました。
「っっ!?」
ごつんと鈍い音が辺りに響く。
予想外すぎたのか、ソンジュは赤くなった額に手を当て目を白黒させている。
ひりひりと痛む自分の額も赤くなっているだろうがどうでもいいのでほうっとく。
「ソンジュはバカだ。バカでアホだ。君には僕がついてる、アンヘルさんや村の皆もいる。なのに不安を一人で抱え込もうとしている、大バカだ。」
「言わせておけば!お前に俺の何がわかるっていうんだ!だいたい俺とお前は……!!」
「友達だよ。ソンジュは僕の何よりも大切で大好きな友達だよ。だから、一人で苦しまないで。」
二人の間を一陣の風が吹き抜けた。
空は黒となり青白い星々が輝きをはなっている。
「俺の罪もこの空は飲み込んで許してくれると思うか?」
「うん、きっと」
ソンジュは大きく息を吐くと、右手でカルムの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「なにすんだよ!」
「さっきのお返しだ。」
ソンジュの顔に小さく微笑が浮かんでいるのをみて、カルムの心臓がドクリと音を立てた。
「それより、帰らなくていいのか?
夕飯抜きの早朝の訓練は辛いんだろ?」
グギュルルーとカルムの腹がそれに答えるようになった。
「うう、すっかり忘れてた……。
じゃあ、また明日、お休みソンジュ」
赤くなった顔をうつむかせながらカルムは立ち上がった。
「ああ、またな」
ソンジュは緩くカルムに手を振ると視線を空へと移す。
カルムもちらりと空を見上げ、本格的に時間がないことを悟る。
父が先に家に帰ってきていたら、絶対こってりしぼられる!
全力疾走で家に帰ると、父はまだ帰ってきていなかった。
叱られなくてほっと安堵するも魔物のことを思い出し、一抹の不安がカルムの胸をよぎる。
父さんは自分よりはるかに強い、そして歴代の守護者のなかでも指折りだ、きっと夜中には帰ってくる。
カルムは黒パンとチーズで手早く食事をすませると、早朝の訓練に備え眠りについた。
しかし、父は夜中になっても、朝を迎えても帰ってはこなかった。
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