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07. 俺がハッピーエンドに変えてやる
カルムさんの説明によればここはリスーニュ大陸の西の大国、クドゥム皇国の南西の端にある辺境の村、ラサ村の東にある丘の頂上だそうだ。
目の刀傷について聞くと、盗賊との戦闘で油断した際に負ったもので、目がみえなくなった当初こそ苦労したが、今は気配や音、匂いなんかからだいたいのことがわかり、何も問題ないと笑って話してくれた。
そして真剣な顔つきになるとカルムさんは、ラサ村の南の森にある祠を代々守っている守護者だが、村の人たちの評判はよくないらしく、カルムさんが守護者だと知っても態度を変えない人、つまり俺に会えてとても嬉しく、自分でよければ力になりたいと申し出てくれた。
何、この不憫で優しい人!俺、惚れそう!
もちろんそれは一人の男の生き様としてであって、断じて好きという意味ではない。
俺はカルムさんにいろいろぼかしながらも、家で寝ていて、気づいたらこの丘の上にいたという、怪しさ満点のいきさつを話した。
「そうか……君も大変な目にあったな」
俺は思わず息をのんだ。
「いいんですか?
俺みたいな得体の知れないやつの言うことをほいほい信じて?」
「いいもなにも……君の魔力の波動が優しい心の持ち主だと僕に教えてくれるからね。
……というのは建前で、君のように僕を恐れない人と会うのは……そうだな、十年ぶりなんだ。
だから、そんな君を信じたいという僕のエゴが一番の大きな理由かな」
そういってカルムさんは苦笑し、空を見上げた。
俺もつられて見上げると、澄み渡った雲一つない青空が広がっていた。
「十年前に会ったカルムさんを恐れない人はどうしたんですか?」
無意識にその言葉が口からついて出た。
「……ある日突然、行方不明になったんだ。その日は村を揺るがす事件も起こっていてね、村のみんなはその人のせいだといっている。
僕は絶対に違うと思うけどね。」
「信じてるんですね、その人のことを」
「ああ、その人はソンジュといってね、僕の初めてできた友達なんだ。今でもソンジュは僕にとって何よりも大切で大好きな友達なんだ。」
カルムさんは幸福そうな笑顔でそう俺に笑いかけた。
初対面の俺でもわかった、カルムさんにとってソンジュさんはただ一人の特別な人だということが。
それからしばらくの間、俺はカルムさんととりとめのない会話をしていた。
カルムさんはすごく聞き上手だった。
カルムさんの当を得た質問から話がさらに広がることもままあり、赤ちゃん語しか話せなかった俺は久々にする人との会話を夢中で楽しんでいた。
ふいにカルムさんが口をつぐみ、立ち上がった。
あっ、俺なんかまずいこといったのかと思い謝ろうとしたとき……
「いい天気ですね」
甲高い子どもの声がし、後ろを振り返る。
子どもは俺をみてわかりやすく顔をしかめた。
「やあ、ルーク。僕に何かようかい?」
カルムさんは穏やかな笑みを浮かべ、子ども─ルークをみた。
「そうですね、オットー村長からとても大切な用件があります。
こちらに来ていただけませんか?
大切な用件なのです。」
ルークは一目で作り笑いとわかる笑みを浮かべてカルムさんをみた。
何こいつ、感じ悪いわー
カルムさんは片眉を上げると、ちらりと俺の方をみた。
俺は気にするなと頷いた。
心の中で、こ・い・つ・あ・ほと大声で叫ぶことにして。
カルムさんは気配でわかったようで、ルークに近づいていく。
カルムさんとルークが後一歩の距離まで近づいたとき、赤い鮮血がカルムさんから飛び散った。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「呪われた血め、もう二度と僕らの前に現れるな!」
ルークはそう叫ぶなり、脱兎のごとく駆けだした。
その手には、赤く血塗れた短剣があった。
それをみて俺は正気にかえった。
あいつ、カルムさんを刺しやがった。
後を追いたいが今はカルムさんの止血が先だ。
シャツを脱ぎ、汚いが布地にして、傷口を圧迫する。
が、血は止まらない。
「くそっ、俺、村に行って助けを呼んで来ます!」
「……無駄だよ、これを仕組んだのは……村長のオットーなんだから」
それがなんだって……えっ、村長!?
「村長はね……僕を前々から始末したがっていたんだ……呪われた血だから」
「どこがですか!?村長じゃなくても他の村の人に頼めば……」
「そんなことをしたらゴフッ……その村人が罰せられてしまう」
「そんなこと……!!そうだ、治癒魔法!!」
そうだよ、俺は魔力の流れをつかんだんだ!
治癒魔法だって、ぶっつけ本番だけどできるはず!!
「今、君が治癒魔法を使えば……ゲフッ……魔力を枯渇させて死んでしまう……僕の傷では助からないことを君は知っているはずだ」
俺は何も言い返せずカルムの腹から血がどくどくと流れていくのを黙ってみているしかなかった。
「最後に……君に会えてよかった」
風が吹き、木の実がぽとっと地面に落ちた。
感じるカルムの体温はぬくとく、口元に小さく笑みさえ浮かべているというのに、俺は彼の体から光が失われたのがわかった。
「よくねえよ……よくねえよ、何も!」
俺の吠える声は虚しく地面に吸い込まれた。
───これはね、彼がたどるかもしれない未来の一つだよ。
「誰だ!?」
突如、頭の中に響く声に俺はやけくそで答えた。
───僕?僕のことより、答えが聞きたいな。
これが、本だとしたら、ある本のたどる結末だとしたら、君はどうする?
こみあげてくる熱いかたまりをぐっと呑み込む
と、憎らしいほど澄んだ青空をきっと睨んだ。
『友達なんだ。今でもソンジュは僕にとって何よりも大切で大好きな友達なんだ。』
幸福そうな笑顔でそう俺に笑いかけたカルム。
「変えてやる……俺がハッピーエンドに変えてやる!!」
───覚悟できたようだね、これで僕は退屈せずにすむよ!
ああ、僕は……かっちゃんとでもいえばわかるよね?
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