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09. パパさんと俺の賭け

俺は諦めに近い境地で四角い木の塊にしか見えなくなった知恵の輪を、ひたすらに押したり引いたり、ずらしたりしていた。 ホント……この知恵の輪を作成したジョナサンって人も、三日三晩で解いたっていうパパさんもサイコーだよ……うん、ホントにサイコー…… 俺は何度目かわからないため息を吐くと、ごろんと寝ころんだ。 四隅に動く球体があり、16のピースでできているその知恵の輪をよくよくかざして見れば、中央にうっすらと何かの美しい紋様が彫られてあるのがわかる。 球体には切れ目が入っていて、これが解く鍵だと俺は睨んでる。 「苦戦してるな、アイト」 ママさんとバックギャモン(注:  ボードゲームの一種で、盤上に配置された双方15個の駒をどちらが先に全てゴールさせることができるかを競う。)をしていたパパさんが席を立ち俺の隣に腰を下ろした。 「勝負はついたの?」 「ええ、私が記念すべき二千連敗を喫するという形でね」 ママさんは両手を軽く上に挙げ、茶目っ気たっぷりの仕草でぐるりと目をまわした。 「リオはなかなか筋が良いから、次は俺に勝てるんじゃないか」 「その台詞を聞くのも二千回目。この大陸中どこを探したって、賭け事とゲームであなたの右に出る者はいないわよ、シエロ。」 まあなと不敵に笑うパパさんは、息子の俺から見てもひいき目なしにかっこよかった。 「よし、アイト、俺と賭けをしないか? 今からお前は二時間以内にこの知恵の輪を解くことができる。俺が勝ったら、かねてから考えていた特訓をやってもらう。終わる頃には尻が痛くなること受け合いのな」 へえー、それではあなたの負け確定……ん? ひょっとしてその特訓って─── 「まあ、ないとは思うがお前が勝ったら、俺に何してもらいたい?」 「明日、ケバケバメガネつけて寒い服着て、一日仕事してきて」 いいともとパパさんは余裕綽々な笑みを浮かべ鷹揚に頷いた。 『変えてやる……俺がハッピーエンドに変えてやる!!』 そう決意してから二年の歳月が経っていた。 俺は強くなることを目標に、パパさんから一般常識と地理を学び、ママさんから文字と初級魔法を学び、毎朝の筋トレに励んだ。その日々の合間に何度も何度もこの知恵の輪に挑んだ。 しかし、まだ足りない、才能がないと言うかのように頑として一度も解けなかった。 やる気はイライラに変わり、イライラはため息に変わり、ため息は冷めた気持ちに変わっていった。 これはまたとないチャンスだ。逃すわけにはいかない。 俄然やる気がわいてきた俺は起き上がり、再び知恵の輪と格闘する。 押したり引いたり、ずらしたり……かちゃかちゃという俺が知恵の輪をいじる音以外はいっさい聞こえない。 脂汗が額ににじんできた。 二年間もかかって解けなかったものがこの二時間で解けるのか……不安と疑問が頭にこだまする。 それでも手を動かし続けていると、ふいにあるパーツが目にとまった。 このパーツを上に押し出したらどうなるんだろう そこから新たな組み合わせを思いついたら、その後の作業はこれまでの苦労はなんだったのかというくらいにどんどん進んだ。 そして三十分後─── 「よっしゃ───!!」 俺の手の上には十六個の複雑な形をした木のピースがあった。 「やったわね、アイト!」 「タイムは一時間五十六分か。ギリギリだが、賭けは俺の勝ちだな。早速、特訓といこうじゃないか。庭に行くぞ。」 「うん!」 ウインクするママさんに軽く手を振り、俺は興奮の冷めぬままトコトコとパパさんについていった。 それにしてもパパさん、あなた俺の性質をよくわかってらっしゃいますね!

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