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不機嫌な彼。
葛城さんの事で頭の中がいっぱいになると、俺は足早にそこから立ち去ろうとした。そんな時に、不意にあることを思いだして足を止めた。ホントは彼に聞くのは気が引けるが、本当のことを知りたかった俺は、振り向き際にあえて尋ねた。
「――あの、ひとつ聞いていいですか? あの時、葛城さんが会社を休んで来なかった時。彼の机に溜まっていた仕事の書類、柏木さんやりましたか?」
「えっ……!?」
その言葉を口にした途端、彼の表情が変わった。そして少し焦った気がした。その瞬間、俺は確信した。単純に″やっぱり″ と思った――。
俺は葛城さんに1つだけ話してない事があった。あの時、彼には全部、自分がやったと伝えたが。本当は少し違かった。
彼の仕事を片付けていた時に、机の上にあった未完成の書類が何枚か消えていた事に気づいた。そして、暫く経った頃、柏木さんが彼の机に封筒を置いた姿を偶然に見かけた。
その中には完成されていた書類が入っていた。本当はそれは俺がやろうと思っていたのに、柏木さんが知らない間に代わりにやっていた。
俺はその事を直接、本人に聞けなかった。それに柏木さんも葛城さんには、自分が仕事を手伝ったなんて一言も話してなかった。
いくら同じ仕事の同僚でも、ホントに自分の仕事を手伝ってくれる人なんて僅かしかいない。もしいるなら、仲間思いか、それとも好意や、下心があるヤツだけだ。ましてや、誰もが自分の仕事をこなすのに精一杯だと言うのに……。
そして、俺は其処で気がついた。柏木さんは、すくなからず彼に好意があるんじゃないかと――。
ただの飲み仲間が同じ仕事場の同僚の仕事を気にする奴なんていない。そう思うと、その事を彼に聞けずに、葛城さんにはその事は黙っていた。
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