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こどもこども

環の家の玄関先のちょっとしたスペースで、いつもふたりで座り込んで話してた。 小学生の頃から、中学生になっても、高校になっても、大学生になっても。あ、さすがに大学生では玄関先でだべってない。 でも、ずっと一緒に進学しつづけた。 いつから環のことを好きだったんだろ? 多分、普通にずっと好きだった。 初めて、環のことが好きなんだなって気づいたのは小5くらい…かな? 6月くらい、一足早い真夏みたいな日。 林間学校の班決めみたいなのがあって、俺は環のところに行った。 そしたら、環のところにはたくさんのクラスメートが集まってて 「うわ、やっぱ来たよ秋生」 「秋生ー、お前いっつも環とべったりじゃん」 「そうだよ!たまには別行動しろっつうの」 そうやって男の子たちにばかを見るような目で言われて、 「…なんで?いつも一緒だから、環のところきたんだけど」 女の子が3人固まって俺の前に来て、 「あのさあ、佐藤くんがいたら、上原くんと話したいのに話せないの」 「そうだよ、困ってるの、みんな」 こまってるんだ、みんな そう思って、俺はなにも言い返せなかった。 ショックだったけど、そうなのかもしれないって思ったし、俺は自分の机に戻った。 窓の外を見たら、太陽がキラキラしてた。 桜の葉っぱに光が反射して、きれいだなって思った。 机に伏せると、少し泣きそうになった。 「佐藤君、大丈夫?」 先生が来て、声をかけてくれた。 「大丈夫です」 「たまには、上原君とわかれわかれでも、いいかもしれないよ。楽しいことがあるかも」 「だれか、入れてくれるかな」 「大丈夫。入れてくれるよ」 先生はきれいな顔で笑った。 俺は結局、別にそこまで仲良くなかったクラスメートと同じ班になった。 その日、帰りの会が終わっても、環のまわりにはずっとだれかがいたから、俺はひとりで教室を出た。 もしかしたら、ひとりで帰るのは初めてかもって思った。あ、風邪ひいた時は別だけど。 環の家の前を通った。 「あ!あきおおかえりー!あれ?たまきは?」 「今日は先に帰ってきちゃった」 環には2歳下の、リョウっていう弟がいる。 綾って書いて、リョウ。 漢字も可愛いけど、見た目も環と違って、なんかほんわりして可愛らしい。 いつも玄関で俺たちを待ってた。 「えー、そんなことあるんだ、へんなの。じゃあ、たまき帰ってくるまで、あそんでようよ」 「どうしよっかな。おれ、環に嫌われたかも」 「そんなわけないよ!」 綾は目を丸くして言った。 「だって、たまき、いっつもあきおのことばっか考えてんのに」 「…うそだー」 「ほんとだよ!おれ、前にあきおにマリオのえんぴつもらったじゃん?」 「うん、あげた」 「たまきにとられた」 「えー!なんで?環って、マリオ好きだっけ?」 「ちがうよ!あきおにもらったから」 「…はー?」 「あきおにもらうものは、とくべつなんだよ」 綾の言うとくべつ、って響きはすごくかわいくて、忘れられない。 「とにかく!まってようよ」 「うん、そうだね」 綾の横に座って、ロウセキでアスファルトに絵を書いた。 綾の似顔絵と、自画像。 そうこうしてるうちに、道の向こうでざわざわ聞こえて、何人かに囲まれながら、環が帰ってきた。 いたたまれなくて、綾にロウセキを渡した。 「…ごめん綾、用事あんの思い出した、帰るね、またあした!」 俺は家まで走って帰った。 はあはあ、自分の息だけが頭に響いてた。 子供部屋の自分の勉強机に、突っ伏した。 胸が痛くて、苦しかった。 今日は環とあんまり話さなかったな、と思った。 ランドセルから、林間学校のしおりを取り出して、ながめた。 班のお友達の名前を書きましょう、って書いてるけど、お友達ってなんなんだろって思った。 ぼんやりしてたら、インターフォンがなって、ぱたぱた、部屋に環が入ってきた。 「秋生」 「…なに」 「なんで先帰ったの」 「おれ、みんなのじゃまなんだって。だから、先帰った。おれがいたら、みんなが環と喋れなくて困るんだって。おれはもう、死ぬほど環としゃべったし!いいんだ」 「俺は、じゃまなんて言ってないよ」 環はそう言ってしゃがんで、俺と目線を合わせた。 それで、俺のほっぺをさわさわして、おとなみたいに笑った。 「秋生と一緒がよかったんだ、本当は、おれ。でも、なんも言えなかった。行きたくないな、林間学校」 「えー、そこまでじゃないって」 「いや、行きたくない。おれは気づいたんだ。秋生とずっと一緒にいたいって」 わけのわからない頑なな、環のなぞの意思。 うれしかった。 「おれも、環とずっと一緒にいたいよ」 うそみたいに、うれしかった。

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