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オレンジとピンク

「おつかれ、秋生」 「んー、おつかれ」 大学の2年、涼しくなってきた秋頃。 バイトしない?って誘われて、ファッションとかアートをテーマにしたzineのモデルになった。 「かなちゃん、またピアス増えた?」 「よく分かったねー!ここに増えた」 一緒にモデルをしてるかなちゃんは、ピアスが好きでたくさんつけている。 めっちゃセクシーでかわいいお姉さんに見えるけど、男だ。あ、別に女装してるわけじゃない。俺が勝手に、セクシーだなーって、そう思ってるだけ。 周りの人はかなちゃんのことを「大佑!」って呼ぶけど、俺は名字のあだ名で、かなちゃんって頑なに呼び続けてる。 会うたび、かなちゃんが、天使に見える。 「ねー、かなちゃん、キスしてよ」 「いいよー」 くちびるがむにゅって触れ合って、硬いピアスが一瞬触れる。 かなちゃんにキスされると、なんか、すごくいい気分になる。 薄い体に抱きついた。 「秋生と付き合ったら、毎日ちゅー三昧なの?」 「えー、どうかなあ。そんなことないよ。かなちゃんとはちゅーしたいけど」 「なにそれ、喜んでいいのだろうか俺」 「喜んでいいのだよ」 くすくす笑った。 かなちゃんは煙草に火をつけた。 煙草の煙はきらいだけど、かなちゃんの煙草の煙はきらいじゃない。 甘いにおいがする。 リンゴみたいな、いいにおい。 「ねえ、かなちゃんって今誰かと付き合ってる?」 「今は誰とも付き合ってないよー。なんで?俺と付き合う?」 「あはは、それいいかも」 全然違うタイプのかなちゃんと俺だけど、平気かなあ? かなちゃんは煙草を深く吸って、それから火を消した。 大きく腕を広げて笑ってくれたから、もう一回抱きついた。 「どっちもぺらっぺらだな、からだ」 「だねー。でもいい匂いするから好きだなー」 「秋生もいい匂いするよ。なんか付けてる?」 「付けてないよ。洗濯洗剤の匂いじゃない?」 「えー、そういう系じゃないんだよね。じゃあ、フェロモンだ」 「おれ、フェロモンとかそういうのからめっちゃ程遠いけど」 「や、秋生、気付いてないだけだよ。モデルしてるくらいなんだから、人惹きつけるんだって」 「そうかなあ」 ほっぺを撫でて、笑われた。 「いちゃいちゃ終わった?」 zineを作ってる志真ちゃんが、部屋に入ってくる。 志真ちゃんはサバサバした女の子で、衣装もメイクも撮影も、全部自分でこなしてしまう。 かっこいいくすんだ金髪をくしゃくしゃかき上げた。 「なげえ、さっきからちょいちょいドアの前で様子伺ってたけどなげえ!」 「あはは、志真ちゃんキレてる」 「お前らつきあってんのかよー」 「どうしようかねー秋生」 「あはは、どうしよっかな」 「なんじゃそりゃ。あ、ぼちぼち撮影するからこっちきてー」 志真ちゃんについて、部屋を出た。 なんとなく、かなちゃんの手を繋いだ。 小さなスタジオには、おおきな白い布が掛けられていて、いろんな色でペイントされていた。 ペンキかなあ、なんか、そんなにおいがした。 端に、つなぎを着た人がなにか作業してて、こちらに気付いて立ち上がった。 「モデルさん呼んできたよ」 「あ、おまたせしてしまってすみません」 その人はこっちを向いた。 「あ、秋生」 「環」 「え、知り合い?」 「幼なじみ」 環とは今もちゃんと、ちょくちょく会ってる。 先週も、大学のベンチで一緒にお昼を食べた。 けど、今までよりは、会う回数は減ってきてる。 未だに、環が好きだ。 一方的にこじらせすぎてて、どきどきしてしまうから、会おうって誘えない。 かなちゃんには平気でちゅーできるのに、環にはそんなこと言えない。 環は、かなちゃんと繋いだ手を見ていた。 「さてさて、撮影しようかな。いい背景ー。上原くんにお願いしてよかったー」 「そう言ってもらえてよかったです」 「あー、秋生も大佑も、ちょっと、メイク乱れてんですけど。」 「あはは、なんででしょうねー?」 「くっそ、ちゅっちゅちゅっちゅしやがって…直すからこっち来い!!」 かなちゃんは、唇のピアスを外した。 志真ちゃんは、かなちゃんに、発色のいいピンクの口紅を塗り直した。 それから俺にも、発色のいいオレンジの口紅を塗った。 かなちゃんとカメラの前に立った。 言われたようにポーズする。 「んー、さっきいちゃついてんの見たから、参考にしてみるわ、こうして、こう…そう、もっと寄れる?」 俺とかなちゃんは、鼻先1センチくらいまで近寄った。 触れ合いそうで触れ合わない。 「うん、後ろの色と、ふたりのリップの色がめっちゃいい感じだ」 志真ちゃんはバシバシとシャッターをきる。 「はい、オッケー」 「あ、俺も写真撮らせてもらっていいですか?」 環がスマホを取り出した。 「さっきのポーズ、かっこよかったから」 「あ、ちゅーのやつですか?よし、秋生、ちゅーしよう」 かなちゃんとは、ちゅーできる どうしてだろう? かなちゃんとは、なにも深く考えることなくて、ただ、そこに唇があるから、 いいにおいの、きれいな唇があるから 「あき、んんん、んっ」 「うわー…」 唇を押しつけて、舌を出して、キスした ゆっくり離れたら、かなちゃんのきれいな、蛇みたいな舌が見えた。 みんなの話す声なんて、きこえない。 おれが変なのなんて、むかしからだろ。 おれは、むかしからおかしいんだ、そうだろ 手の甲で、唇を拭った。 オレンジとピンクが混ざって、べったり ぼたぼた、なみだがこぼれた 「ちょっと、秋生、大丈夫?」 「うん、平気、ごめんね、志真ちゃん、メイク落としちょうだい」 「秋生」 環の声が聞こえた 振り返って笑った 環がどんな表情かなんて、見れなかった

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