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糸井くんとお酒を飲んでみた 03

 糸井の肩に毛布を着せかけて、夕食の片づけを終えてリビングに戻っても、テーブルに突っ伏した糸井は眠ったままだった。  もう入浴は終えているのだし、このままベッドへ連れて行ってやるかと、糸川は糸井を肩に担ぎ上げる。寝室へ移動し、なるべく衝撃を与えないようにそっとベッドへ降ろしてやったのだが、やれやれと座りながら見やると寝転んでこちらを見上げる糸井と目が合った。 「あ、ごめん、起きちゃったか」  とはいえ酔いはまだまだ抜けていないようで、糸井の目は潤んでとろけている。 「……ファイヤーマンズキャリー……」 「うん?」 「糸川さん、今俺のこと肩に担いでたよね」 「ああ、うん。いつだったか会社の救命講習で習ったんだよ」 「……ソレジャナイ感」 「何?」 「お姫様抱っことか期待しちゃったのに」  枕の端をいじりながら糸井がむくれるのに、思わず糸川は笑ってしまった。 「うわ、無茶言うなこの人。背丈変わんない寝入った男をお姫様抱っこしろって? いくら糸井くんが細身だって言ってもなー」 「無理?」 「また今度、しっかり僕の首にしがみついていられるときにね」  くすくす笑いながら糸井の頭を撫でると、その手が捕まった。意外と強い力が、その手を引き寄せる。 「いと……」  声は糸井のくちびるに吸い取られた。糸井の腕が糸川の首に絡み、口づけがぐっと深まる。 (わあ、積極的)  常にない糸井の能動的な誘いに、驚きつつも糸川のテンションが上がってしまう。 「ん……、いとかぁさん、しよ」 「大丈夫? まだ酔ってるでしょ」 「酔ってない」 「……って言うんだよね、酔っ払いは」  そんな煮溶けたような顔をして、酔っていないわけがない。それに、これまでずっと糸井が貫き通してきている糸川への敬語も抜けてしまっている。  酔っ払った糸井は、これはこれで大変にかわいらしいが、いつもの彼とはまるで別の人みたいだ。 「……明日、覚えてるのかな?」 「え……?」 「ううん、なんでもない」  糸井の着衣をすべて剥ぎ取り、自身も上半身裸になって痩身に覆い被さると、待ちかねたように糸井が両腕を背に回してくる。  いつもより少し体温が高い気がするその肌が密着し、すべすべと擦れ合うのが心地いい。  抱き合いながら頬にくちづけ、そのまま耳孔に舌を差し入れると、糸井は熱い息を吐いて背を反らした。  アルコールが入ると性的な感度が落ちる人もいるというが、糸井は落ちるどころか、理性が欠けている分反応が良い。 「は……やだ、ぁ」 「そう? やだって感じじゃないけどな」  ねぶりながら囁いて、左手で乳首を、右手で性器を刺激する。どちらもすぐにこりっと勃ち上がり、逃げるように糸井の腰が揺らめいた。 「あ、ぁん、んんっ、だめ」 「だめなの? どこがだめ?」 「はぁ、やあ……すぐ出ちゃう……」  弱音を吐いた糸井の言葉通り、糸川の右手の中で張り詰めた糸井は、指先で鈴口を撫でる度にとろりとした粘液をくぷくぷと吐きこぼしている。それを塗り拡げるようにして亀頭を捏ね回すと、枕に頭を擦り付けた糸井の腰が震えて息が乱れた。 「やだっ、いきたくない、いきたくない」  とたん、糸井が糸川の手を払いのけ、塞き止めるように自身の根元を強く握る。 「え、なんで? 嫌だった?」  ヤダダメと口では言っていても、セックスにときはそれが真実ではない場合も多いからと、手を振り払われるとは思っていなかった糸川は動揺した。糸井はその下で、荒い息を整えようとしている。 「だって……いっちゃったら糸川さん、手加減する……」 「……うん?」 「いつも糸川さんが優しいの、嬉しいけど……物足りないってわけでもないんだけど……時々は、優しくない糸川さんがいい」 「……」 「俺、糸川さんにめちゃくちゃにされたい……」  潤んだ目元を朱く染めて、まっすぐ糸川を見つめてそう言った糸井を前に、糸川は膝から崩れ落ちるかと思った。  酔っているとはいえ、なんてことを口走ってくれるんだろうこの子は。  糸川は常に糸井の体を最優先に気遣って、無理をさせないよう、痛むことのないよう、細心の注意を払ってきた。その糸川の腕の中で、とろけて弛緩する糸井の姿にこの上ない悦びを感じていた。  その糸井が、実はそんなふうに思っていたなんて。  ――きちんと彼女の本音を……。  再び三条の忠告が耳奥でぐるぐる廻ったが、もはやその響きはこれまでとはどこか違う。 (姐さん、なんか思ってたのとは違いましたが……)  予期していた不満とは見当違いな方面から噴出した糸井の本音を、糸川はしかと受け取った。 「じゃあ、今日はご希望のままに」  四つん這いになった肘が折れて、がくりと糸井の上半身がベッドに崩れる。荒い呼吸で起き上がろうとするもままならないようで、糸川は背後から糸井の両二の腕をつかんで引っ張り上げた。 「ああっ!」  その拍子に、後ろから穿たれた糸川が身の内に深く食い込んで、糸井は悲鳴に近い喘ぎを上げる。  速いリズムで突き上げられ、ぶつかる肌がばちばちと音を立てる。もう何度目かの遂情が間近に迫って、糸井の呼吸は切迫していた。 「い、とか、さっ……んも……無理、無理ぃ」 「えー? 泣き言言わないでよ。自分で煽っておいて」 「お、れ、もう出ないっ……」 「大丈夫だよ、出なくても、いけるで、しょ、ほら!」 「ひ! ぃあ、ああぁぁ……!」  恋人の弱いところを熟知した糸川に激しく突かれ、糸井は体を大きく痙攣させた。  射精を伴わない、息も止まるような絶頂感。それに襲われている間は一切の刺激を受け付けたくなくなるのを知っているから、いつもの糸川はここで動きを止めて糸井を解放する。  けれど今日は、崩れた糸井を背後から羽交い締めにし、なおも突き上げ続けた。 「んぃっ、いやぁ! だめ! ほ、ほんとにだめぇっ!」 「聞かない」 「いっ……ぃ、やだ、やだやだ、へん、になるっ」 「いいよ、どうなったって。僕が糸井くんをめちゃくちゃにしてあげる」  目の前の白いうなじに、ねっとりと舌を這わせて軽く歯を立てる。自分の歯がやわらかい肉に埋まる感覚に、ぞわっと糸川は興奮した。 「ふっ、ぅ、ぅあっ、あっ、あっ」  切迫した喘ぎに呼応するように、糸井の襞がいやらしくうねって糸川を締め付ける。 「ん……僕も、やばい」  糸川も放出の欲求が高まって、律動のピッチを上げていく。それに揺さぶられる糸井の肌が、がくがくと震えた。 「あっ、あっ、あっ、……っは、ああぁ……っ、……っ!!」 「……っ……!」  細い腰を両手で掴んで、引き絞られるその中に奔流を注ぐ。何度も突き入れ、奥深くに一滴残らず注ぎ尽くしたい本能に抗えない。  共に達し果て、糸川もいつもより強い疲労感に襲われて、糸井の背中にのし掛かった。汗だくのその背中は、糸川が動きを止めてもまだひくひくと痙攣を続けている。 「糸井くん、大丈夫?」  呼び掛けてみるが、糸井の瞼はほとんど閉じかかって、焦点の合わない黒目がかくかくと細動していた。 「はー……、はー……」 (わぁ、イキっぱだ……)  完全に飛んでしまった糸井の様子を見て、本当はもう一ラウンドを考えていた砲身を抜き出し、ゴムの始末をしてベッドに横たわる。糸井の頬に触れると一瞬ぴくりと反応したが、荒い呼吸はそのまま寝息に変わった。 「……満足してもらえた?」  そっと問うても、応えはない。動かなくなった濡れた睫毛を、糸川はぼんやりと見つめた。  ――時々は、優しくない糸川さんがいい。  酔った糸井の言葉、あれはどういう意味だったんだろう。  めちゃくちゃにされたいなどと、そんな衝撃的な言葉が続いたものだから、ついそちらにばかり意識が向かってしまったけれど。 「もしかして……心配してくれた? 僕が無理してるって、思った?」  無理をさせているのではないかと、糸井を心配したのは糸川の方だった。同じように糸井も、糸川が無理に優しく接しているのではないかと案じてくれたのかもしれない。  確かに糸川は、べつに根から親切で優しい人間なわけではない。愛想がいいわけでもなく、同僚から慕われるタイプでもない。  それでも、糸井に優しくしたいと思うし、それを負担に思ったこともない。  そう考えると、糸井が糸川のために食事を作ってくれたりすることも、そういうことなのかもしれない。  お互いに、ただ、相手が好きなのだということ。 「……心配いらないって、思っていいよね」  疲れ果てて寝入る糸井の肩を抱いて、額を寄せる。  おそらく素面なら決して言わなかっただろうことを口にした糸井は、明日になったら、今夜のことを覚えているだろうか。覚えていないならそれでもいい。糸川が教えてくれればいいのだと糸井は言った。  起きたら、糸井くんはどんな顔して、何て言うのかな。  それが楽しみで、糸川は間近の寝顔に笑いかけた。 <END>

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