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十一月二十二日 03

 体勢を入れ換えて、糸川が背後から糸井を抱く。胸に回された両手の中指と親指が乳首をつまみ、人差し指がすりすりと先端を擦ってきて、息を上げて糸井は背を丸めた。 「あ、……それ」 「ここ感じちゃう?」 「う、ん」 「糸井くん、前より感じやすくなった気がするね」 「……そんなの、糸川さんのせいじゃないですか……」 「僕のせいなの? 糸井くんの持って生まれた素質じゃなくて?」  笑った声で言いながら、糸川の右手は腹を撫で下ろし、淡い茂みをくぐって糸井のぺニスに触れる。握られる前から、それは期待に勃ち上がっていた。 「……ん」 「もう勃ってる。先っぽぬるぬるしてるの、お湯の中でもわかるよ」  わざと恥ずかしがらせようとしている声音が耳元で囁き、耳朶を食まれて背が撓む。糸川の右手が濃やかに扱いてくるその動きにつられて、腰が揺らめいて湯の水面を波立たせてしまう。  羞恥が性感にくるまれて、興奮に変換されていく。それにとても弱い身体を、糸川にはもう知られてしまっている。 「明るい露天風呂でこんなことされるの、想像してた?」 「し……て、た」 「されたくなっちゃったんだ?」 「うん……」 「かわいいね、糸井くん」  言いながら、糸川はやり場なくただ握りしめていた糸井の手を取り、その胸元に導いた。 「自分でいじって」 「え……」 「気持ちいいように触ってごらん」  促されて、困惑しながら糸井は自分の乳首に触れてみる。自慰のときには触れることもあるそこは、ふっくらと充血して固く尖り、少し触れただけでも下腹に響くような快感を生んだ。 「あ、あ」  喘いで身じろぎ、閉じようとした脚を糸川の脚に阻まれる。惑っていたら、空いた方の糸川の手が、するりと股の奥まで伸びてきた。 「あっ……!」  糸川の中指の先が菊花に触れて、びくりと糸井は体を緊張させた。固く閉じたその襞を宥めるように、触れた指先が円を描く。 「ひくひくしてるよ……中に欲しい?」  その円の中心で糸川が軽く力を込めた瞬間、その指先はくぷんと糸井の体内へ飲み込まれた。 「あ、ま、待って」 「ゆっくりするから大丈夫、力抜いて」  そうは言われても、第一関節ほどが埋まった糸井の指が捏ねるように動く度、糸井の息は乱れて熱い呼気が湯気に混じる。  言った通りにゆっくりと、糸川の指が襞を広げるように掻き回し、じりじりと奥へ進んでくる。痛みは少しもないまま、その指に腹側で膨れたしこりを内側からノックされて、糸川の腕の中で糸井は身悶えた。 「ひ、ん」 「……やっぱり敏感。コレだけでいけそうだよね」  おもむろに糸川は糸井の中から指を抜き出し、子どもを抱き上げるように糸井の両脇に手を入れ、よっこいしょと持ち上げて糸井を浴槽の縁に座らせた。後ろに両手をつかせ、両脚の膝を立たせて大きく広げる。 「え、何……、や、待って!」  その体勢で糸川自身が挿入されるのかと思って力を抜こうとしていた糸井は、その脚の間に糸川が顔を伏せてくるのに慌てた。  実のところ、糸井はあまりフェラチオをされるのが得意ではない。  糸井の中で相手と自分の立場の上下は固定の認識で、それは三島と関係を持っていた頃から変わっていない。支配される自分と、支配する相手。その上下関係があって、糸井が奉仕することはあっても、されるという発想がまずあり得ない。  なので三島には一度もされたことがなかったし、糸川がこんなふうに不意打ちで咥えてしまうことはあっても、申し出についてはいつも断ってきた。  糸川は、これは奉仕ではなくて愛する手段のひとつだと言うが、なかなかそれにハイそうですかと頷くことはできない。糸川を汚しているような、罪悪感と背徳感で泣きたくなってくる。 「あ……、糸川さん、だめ、離して……」  けれど糸川は、糸井の興奮を躊躇いもなく喉奥まで飲み込み、先端から溢れる腺液を舐めとり、くまなく全部を愛してくれる。その舌技は巧みで、糸井はせめて口内には出すまいと、くちびるを噛んで射精に耐える。  その様を上目で見て、糸川の指がまた後孔に押し込まれた。今度は二本。 「あ! だめ、両方されたらっ……!」  濃やかに舌とくちびるで前を愛されながら、先ほどまでとは打って変わった激しさで、絡んだ二本指が後孔を出入りする。容赦なく前立腺を擦り上げられて、糸井はなすすべなく絶頂に押し上げられた。 「いく、すぐいっちゃう、口離して、だめだめだめっ……!」  自分の腹に爪を立てて耐えようとしたけれど、甲斐はなく。 「……っあ、あっ、ぁ、んっ……」  間歇的な吐出に、身体の力が抜けていく。  後ろに突っ張った手でようやく体を支え、荒い息をついていると、目の前で頭を起こした糸川が、まだ糸井の身体に差し入れたままの指の上に、口から糸井の精液を吐き出した。どろりと白濁した液が、糸川の指を伝って糸井の体内に塗り込められ、くちゅくちゅと粘った音を立てる。  まだ終わらないのだと悟って、糸井の背に震えが走った。 「立てる?」  優しいけれど逆らえない声音に、糸井は困惑しながら従う。力の入らない膝をやっと立たせると、強引ではなく手を取られ、洗い場の大きな姿見の前に連れていかれた。 「ここに手をついて」  命じた糸川の意図がわかって、糸井は羞恥に耳まで血をのぼせた。 「こ、ここで?」  鏡の前で立ちバックをするというのだ。  しかもその鏡は全面がしっかりと曇り止め加工を施されていて、湯気が触れても一切視界を妨げていない。  鏡プレイ、の文字が頭に浮かんで躊躇する糸井の腰を、糸川が抱いた。肌に糸川の興奮が触れて、従うより他はないと、糸井は仕方なく、両手を鏡についてその前に立った。  嫌、という感覚ではない。ただただ、恥ずかしくてどうしようもなかった。  挿入しやすい角度に軽く突き出した糸井の尻に、反り返った糸川の怒張があてがわれる。 「痛かったら言って、すぐ止めるから」  優しい声が吹き込まれると同時に、ぬるりと、抵抗なくその先端が糸井の中に潜り込んできた。 「んんっ……」  圧迫感はある。でも、馴らされて粘液を塗り込まれたそこは、糸川を悦んで迎え入れた。 「あ……すご、やわらかい」 「はぁ、糸川さんっ……」 「いいの? もう奥まで入っちゃいそう」  囁かれて、慌てて首を振る。 「奥は、待って、まだ」  糸井にも自覚があるが、一度奥の奥を暴かれて以降、その場所に糸川が入りやすくなっているようなのだ。  体が慣れたせいなのか、孔が弛んでしまったのか、定かではないが、毎回ではないにしても、糸川が結腸に届いてしまう頻度が上がっている。  それ自体が嫌ということはないのだが、正直そこを責められると、感じすぎて怖い。目を開けていても閉じていても視界が白飛びしたみたいにチカチカして、体がふわっと浮くような感覚になって、気持ち良さを脳が処理しきれないくらいのキャパ超えを起こして、時々本当に失神する。 「じゃあ、ちょっと深いとこは控えるね」  素直に聞き入れて、糸川は小さめのストロークで抽挿を開始した。  深入りはしない、けれど糸川は糸井の体を本人以上に熟知していて、幾度となくいいところを抉られ、糸井は鏡に縋るように肘を折った。 「――っ」 「大丈夫?」  糸川の腕が崩れかけた糸井の胸を掬うように後ろから抱き上げ、顔を上げさせられる。目を開けると、目元を赤く上気させた自分の、だらしなく口を半開きにして喘ぐ顔と目が合って、思わず顔ごと視線を逸らした。 「ねえ、糸井くん、鏡見て」 「……や、だ、恥ずかしい……」 「恥ずかしがってるとこもかわいいよ。顔上げて、僕を見て」 「……~っ」 「ね、お願い」  請われては弱く、糸井は嫌々、うっすらと瞼を上げる。  視界に入るのは、みっともなく欲情に蕩けた自分の赤い顔。けれどその隣に同じように頬を紅潮させた糸川の顔が並んでいて、鏡越しに目が合った瞬間に、その顔が意地悪げに薄笑いを浮かべた。 「やっばい、糸井くんたまんない」 「あっ!?」  何かのスイッチが入ったらしい糸川が、強く糸井の腰を掴む。肚の中の糸川が、一回り体積を増した気がした。 「え? や、あ、あ、待っ……」  突然上がったピッチについていくことができず、糸井の腕はまた体を支えきれずに力なく折れる。  そのまま、糸川が糸井の背中を白濁で汚すまで、糸井は鏡に縋ってただ揺さぶられることしかできなかった。

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