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十一月二十二日 04

「ほんとにごめんなさい、反省してます。許して糸井くん~」  情けない声で謝り倒しながら、団扇でそよそよと扇いでくる糸川を背に、糸井は枕に顔を埋めた。  結局あのあと、変なスイッチが入った糸川は手がつけられず、制止の声は全く聞き入れてもらえず。後ろから突かれながら達したばかりの前を執拗に責められて、糸井は人生で初めて、潮吹きというものを経験してしまった。  一瞬自分の身に何が起きたのかわからず、糸川の目の前で失禁してしまったと思い、血の気が引いたと思ったら本当に眩暈を起こした。軽い湯あたりを起こしたのだと思う。  場の始末をした糸川に、今度こそお姫様抱っこで脱衣所へ運ばれ、浴衣を着せかけてもらってベッドへ運ばれて。水分を取って意識がはっきりしたら、今度は羞恥で糸川と顔を合わせられなくなった。 「もうほんとに、あれは絶対嫌です! 金輪際禁止!」 「えー、潮? 吹いたの初めてだった? 上手にできててかわいかったよ?」 「かわいかったとか言わないで!!」 「……んー、わかったよー。ごめんなさい」  しょんぼりと耳を垂れた犬みたいな風情で謝る糸川を横目で睨んで、けれどいつまでも怒ってもいられず、糸井は枕から顔を上げる。 「……俺も、ごめんなさい。焚き付けたの、俺が先でしたもんね」  おとなしく入浴するだけのつもりだった糸川にちょっかいを出してしまったのは自分の方で、責任転嫁してしまったことを糸井は詫びた。糸井に許されたことを悟って、糸川はにっこりと笑みを浮かべる。 「糸井くんからお誘いいただけるのはご褒美でしかないから、それは謝らなくていいんだよ」  ひんやりした手に額を撫で上げられて、糸井は喉をならす猫のように目を細めた。  深すぎる場所を暴かれることも、失態を演じてしまうことも、糸川を不快にさせるのではないかという不安がまだ強い。  でもよく考えてみれば、どんなに自己嫌悪に陥る事態になっても、糸川は糸井に嫌な顔ひとつ見せたことはない。元々表情に出るタイプではないのは確かだが、嘘をつく人でもない。  自惚れているようだけれど、最近、少し思うところがある。糸川はもしかして、思っているよりもっと、自分のことを好いてくれているんじゃないかと。 (……そんなこと、訊けないけど)  訊かなくても、伝わるものもある。糸井を大事にしてくれる、糸川の言葉や態度から。  受け取るには分不相応と思っていたから、与えられるそれらを、拾ってはいけないと自戒してきた。自分へ向けて振る舞われる愛情が、誰にも受け取られないまま落ちて堆積していくのを、申し訳ない気持ちで眺めていた。  届かない想いを投げ続ける糸川の気持ちを慮ることすら、自分なんかが、と卑下して逃げていた。  それではだめだと、今はわかる。  きちんと受け取って、同じ強さで投げ返したい。愛されていることを、真正面から信じていたい。 (訊けなくても。向き合いたい)  そう思えるようになった己の変化を、糸川は喜んでくれるだろうか。  額に触れている糸川の手に、自分の手を重ねてみる。そんな他愛もない触れ合いにも、想いは多分に乗せられる。  二人はしばらく黙ったままそうしていて、糸井の具合が良くなった頃、夕食を知らせる電話が鳴った。  夕食は二階のレストランで、半個室の座敷に通された。和牛の陶板焼きがメインのコースには食前酒がついていて、口当たりの良い杏酒をちびちびと飲んでいるとほんのりとした酔いに気分が良くなる。  向かいの糸川はメニューの中から辛口の地酒を選んで、冷やで一合を注文した。どんなお酒かがメニューに書かれていたけれど、糸井には味の想像がつかなかった。  食事を終えて満腹になった後は、食休みがてら館内の中庭を散歩し、大浴場へ行く。他の宿泊客もそれなりにいたので、少しの距離を取って、露天やサウナを堪能し。風呂上がりには、マッサージチェアに揺られ。  ほっこりと癒されて身も心も緩んだところで、部屋に入るなり糸川に抱き寄せられてキスをされた。  少し酒の香りの残る、優しい口づけ。舌先でくちびるをなぞられ、糸井が迎え入れるように口を開けると、じれったいほどにそっと、くすぐるように舌裏をなめてくる。 「ん……」  思わず声を漏らすと、頬に触れていた糸川の右手が、首筋に沿って降りていき、鎖骨をなぞって浴衣のあわせをくぐった。  すぐに愛撫を始めるかと思われたその指先が、なぜか胸の突起に届きそうで届かない。  口づけを解いて怪訝に瞼を上げると、酔いに少し潤んだ瞳が、心配そうに糸井を見つめていた。 「大丈夫? 嫌じゃない?」  確認する声に、糸川もまた、いつかの行き違いを忘れないでいてくれたのだと知る。 「嫌じゃないです……」  糸川にも悪い記憶として残っているなら、早くそれを上書きしてしまいたい。焦れた糸井は糸川の首に両手を回して、下くちびるをかぷりと噛んだ。 「……俺、糸川さんのですよ」 「ん?」 「受け取ってくれたでしょ? ここに来るとき」 「ああ……うん」  糸井の上くちびるを食み返して、糸川がくすくすと笑う。 「だから僕のしたいようにしていい、ってことなのかな?」 「……なんで笑うの」 「ふふ。そのわりにさっき、盛大にいろいろ禁止された気がするから」  笑いながら、糸川の手が奥へ進み、糸井の胸を撫でた。待ちわびた刺激に、小さな膨らみがじくりと芯を持つ。そこから身体全体へ熱が広がっていく。  いつもよりその温度が高い気がするのは、先ほど少量ながらアルコールを摂取したからだろうか。 「それは……だって、普通じゃないことしようとするから」  衿元を乱されて、露になった首元に何度も口づけられる。腰を抱かれ、下半身が触れ合えば、もう互いの興奮が伝わってしまう。 「じゃあ、ベッドで、しよう」  からかうように余裕そうな笑みを浮かべる糸川も、細めた瞳に滴るような欲情を湛えている。それに飲まれてしまいたかった。  糸井をベッドへ連行して押し倒した糸川は、後ろから糸井を抱き締め、帯を解かないまま裾をたくし上げて糸井の内腿を撫で上げる。中途半端に引き下げられた下着からは、跳ねるように糸井の興奮が飛び出した。  それに指を絡められ、上下に絞り出すように擦られると、いくらもしないうちに先端からとろりと透明な粘液が分泌され始める。 「糸井くん、エッチだね」  後ろから耳元で囁かれて、糸井は恥じらいながらも欲情を煽られて熱い息を吐いた。 「糸川さん……、はやく、中に欲しい……」  先ほど糸川を受け入れて味を覚えた後孔は、期待にひくついて触れてきた糸川の指を飲み込もうと蠕動する。その動きに沿って差し込まれた二本の指が、入り口をくぱっと拡げ、その間にローションが垂らされた。 「あっ……は、ぁん」  塗り込めるように糸川の指が出入りする度、耳が痒くなりそうなほど卑猥な水音が立つ。濡れないはずの器官が、糸川を求めて涎を垂らしているような。  何度も何度も、浅いところを引っ掻くように刺激されながら、絶頂に至るほどの決定的な性感は与えてもらえない。もどかしくてたまらなくて、悶えた糸井の脚がシーツに波を描く。  指なんかじゃ足りない。もっと。もっと。 「はやく入れて……!」  半泣きの哀願に、ようやくその入り口に糸川が押し当てられる。腰をくねらせてねだるも、けれどそれはほんの先端を潜らせたあと、遅々として先へ進んできてくれない。 「どこまで欲しいの?」  意地の悪い問い。焦らされ続けて、糸井は頭がおかしくなりそうだった。 「もっと、奥、奥っ……」  絶え絶えの訴えをやっと聞き入れて、糸川の腕が糸井の腹を抱き、引き寄せるようにじりじりとその内側を穿ってくる。内腑を押し開くような圧迫に、糸川の存在感を思い知らされる。  苦しい。でも満たされたい欲求がそれを凌駕する。暴かれるのが怖かった最深部に、糸川の精を注いで欲しい。 「……っあ……、ぁ……」  肚の奥で、最後の砦のような弁を穿ち抜かれ、どろりと、糸井の先端が白濁をこぼす。  蹲るように身体を曲げた糸井に、後ろから同じ形でぴったりとくっついて、糸川がその痩躯をぎゅうっと抱き締めた。 「……う、すご……。糸井くん、ナカがきゅうきゅう吸い付いて、すっごい締まる……」  頼むから実況しないで、と思うけれど言葉にならない。  隙間なく抱き締めてくる糸川の腕が強くて、体が熱くて、溶けそうな感覚に汗が浮いて浴衣が湿る。決して激しくはない糸川の動きに、じわじわと追い詰められていく。 「糸川さ……ぁ、また、またいく」  本能的に逃げようとした体を、引き戻すようにまた抱き締めて、その耳元で糸川が譫言のように息をついた。 「……ずっと糸井くんの中にいたい」  そんな呟きに、糸井は不随意な痙攣に全身を震わせながら、それはむり、と思った。

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