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第5話

 賃金の高さを重視するため昼は重労働をすることが多く、節約するために自分は小食なのだと妹に言い続けて夕食を少ししか摂らない和仁にとって、夜の居酒屋で酒や料理を次々と運ぶ作業は空腹を嫌でも思い知らされる。  酒の絡んだ夜独特の騒がしさの中、キビキビと注文を受けては運ぶという作業を繰り返していると、古い扉が静かに開かれる。ほぼ反射的に振り返って「いらっしゃい」と声をかけた瞬間、和仁はほんの一瞬隠すことのできなかった苛立ちを顔に浮かべた。  会社帰りのサラリーマンが多い安さと種類の豊富さがウリの居酒屋で、ひどく場違いに見える高級なスーツを纏い冷たい目をした男が静かに空いている席に座る。傍らには部下であろう男も影のように付き従っていて、明らかに二人がいる席だけが異様な空気を纏っていた。だがそんなものに一欠けらも関心を持たない男はただ無言で和仁に視線を向けてくる。毎回のことであるが、それに深い深いため息を呑み込んだ。  見るからに金持ちそうな男に近づきたいと思う者は多いだろう。だがその瞳の冷たさと異質さに誰もが遠巻きに見ることしかできず、唯一知り合いであろうと認識されている和仁が他の従業員にせっつかれて渋々男のもとへお冷を持ちながら向かった。 「ご注文はお決まりですか?」  声音の刺々しさを消すことはできないが、それでも和仁は仕事に徹する態度を貫いた。男はメニューを見ることもせずに酒とつまみを注文する。毎回同じ内容に注文を取る必要性を考えてしまうが、それでも仕事だと己に言い聞かせて、さっさと離れようと踵を返すと男は強く和仁の腕を掴んで引き留めた。 「終わったら家まで送る」  毎日毎日うんざりするほどに繰り返される言葉に、和仁は視線を向けることもしない。 「いらない。食べて会計したらさっさと一人で帰れ」  強く引っ張ることで掴まれていた腕を取り戻し、返事すら聞かずに厨房に戻る。おそらくはいつものように店の裏口で待っているのだろう。幼い頃は彼の家の敷地内に住んでいたので嫌でも顔を合わせることがあったが、それももう随分昔の話だ。だというのに彼は昔と同じとでも思っているのか、相変わらず和仁のアルバイト先を把握してはこうして顔を出して家まで送ろうとする。彼曰く〝一人で出歩くな〟ということらしいけれど、それに従う義理は無い。

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