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第8話
「いつまでここに住むつもりだ」
国光からすればセキュリティの欠片も無い古いアパート。アルバイトにいちいち口を出す国光がこのアパートに和仁が住むことを良しとするなどありえない。だがそんな国光の考えなど和仁には関係のないことだ。
「何度も言うけど、関わるな」
それだけを吐き捨てるように言って腕を振り払うと勢いよく車のドアを閉めた。そのまま車の方へ視線を向けることなくアパートの自室に入る。しっかりと鍵を閉めて、和仁は重いため息を吐いた。そのままズルズルと座り込んでしまいたい衝動に駆られるが、いつ妹が帰ってくるかわからない状態でそれはできない。それに、洗濯ものを取り込んで、夕食の準備をしなければ。それから、夜中に出るアルバイトの準備を今の内に鞄に詰め込んで――。
やらなければならないことは沢山あって、座っている時間なんて僅かも存在しない。それをしんどいなと思ったことはあるけれど、止めるつもりも、ましてや誰かに縋って金をせびるつもりも毛頭なかった。
和仁の脳裏に冷たい瞳が浮かぶ。昔から変わることのない、感情の読めない瞳。同時に、いつの間にか消えていた背中と、ヒステリックに叫ぶ声、そして、泣きじゃくりながら必死にしがみついてきた、小さな手の温もり。
(あぁ、面倒くさい……)
こんな昔の、それも苦しくなるばかりで何の利にもならない過去を思い出すなんて馬鹿げている。
思い出したって過去は変わらないし、今をどうにかできるわけでもない。だというのにこうして時折意味も無く脳裏に蘇り、和仁の心を蝕んでいく。
(面倒くさいな)
蘇る記憶も、それに苦しみ苛立つことも、あぁ、すべてが無駄だ。
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