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第10話
父の怒鳴り声と母のヒステリックな叫び声。ある日から突然家政婦が来なくなり、綺麗に保たれていた部屋は物で溢れ、誰一人として家事などしたことがなかったから食事の支度さえまともにできない有様だった。
何かが確実に起こっていた。しかしそれが何であるのか、幼かった和仁は当然わからなかった。何もわからず恐怖ばかりがつのる中で――突然父は姿を消した。
いつものように仕事に行く背中を見送ったのが最後で、ずっと一緒に暮らせると言った父は、マンションに帰ってくることはついぞなかった。
一歳になっていた妹の相手をしながら、和仁は父を待ち続けた。そんな和仁の元へ追い打ちをかけるかのようにマンションからの立ち退き命令書が渡される。聞けば随分と家賃を滞納していたらしい。
部屋に引き籠りがちになっていた母は和仁が持ってきた立ち退き命令に泣き崩れ、そんな母を哀れに思ったのか、たった一人手を差し伸べてくれた女性の元へ母と和仁、媛香は身を寄せる事となった。母の学友であった冷泉 明子の元へ。
初めて外へ出た和仁はキョロキョロと辺りを見回す余裕もなく、ただ母と離れないようにしながら妹と手を繋ぎ歩いた。そしてたどり着いたのは、今まで住んでいたマンションが小屋に思えてしまうほど大きな屋敷だった。その門前で出迎えてくれたのは、上品なワンピースを身に纏った母と同年代の女性と、和仁より少し年上だろう無表情で酷く冷たい目をした少年だった。その少年を見た瞬間、和仁の中で警鐘が鳴り響く。近づくな、彼は怖い存在だと。
足がすくんで動くことができない。母は嬉しそうに微笑んで女性と話しているが、和仁は恐ろしくて恐ろしくて泣き叫びたい衝動に駆られた。しかしそれすらできないほどにガタガタと身体が震えて止まらない。その時、和仁の後ろで泣き声が聞こえた。子供特有の甲高い泣き声。見なくてもわかるほどに小さな手がギュッと強く和仁のシャツを掴んでいる。突き動かされるように和仁は震える身体で妹を背に隠し、精一杯の虚勢を張って少年を睨みつけた。
本能が告げる。彼はアルファだと。妹を怖がらせ、泣かせるアルファだと。
アルファは、敵だと。
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