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第16話

「それはできません。たくさん迷惑をかけてしまいました。これ以上離れに住まわせてもらうなど、厚顔なことはできません」  お世話になりました、と媛香の手を引いて外へ出ようとした時、国光の手が和仁の腕を掴んで引き留めた。 「いずれ番になる者とその家族を住まわせるのは当然のこと。何を遠慮することが?」  まるで自明の理を語るかのように淡々と告げられたその言葉に和仁は目を見開き、咄嗟に何もわからずボンヤリとしている媛香を勢いよく抱き寄せた。ガチャンッと背後で陶器が割れた音がする。振り返れば、先程までとは打って変わって鬼のような形相をした明子が和仁と媛香を睨みつけていた。先程の音は彼女の手が当たりカップがテーブルから落ちて砕けた音であったらしい。 「どこまで……」  大人しく、あまり口を開かない明子の低い声が零れ落ちる。初めて聞く、怨嗟のような声。 「どこまで、あなた達は……」  血走った眼で憎々し気に和仁と媛香を睨みつける明子に、和仁は恐怖を覚えながらも瞼を僅かに伏せる。 「あなた達はどこまで私から奪えば気が済むんですの……」  その恨み言は当然のことで、今までそれを聞かずに済んだのはただただ明子が我慢をしてくれていただけのこと。ただその言葉を、怨嗟を、出来れば妹にだけは聞かせたくない。悟らせたくない。国光に掴まれていた腕を振りほどき、ギュッと妹を己の胸に抱き込んで、震える唇を動かした。 「……いい、え。明子様、ご子息は何かを勘違いされているだけです。運命ではありませんし、そんな約束をしたと母から聞いたこともありません」  その言葉に明子は真偽を確かめるように、国光は不服そうに眉根を寄せた。母はそれを望んでいたようであるし、もしかしたら媛香を番にと国光に直談判していたのかもしれないが、媛香の為にも和仁は知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。 「和仁、聞きなさい。私は――」 「ごめんなさいッ。何も知りませんッ。もしも母が何かを言ってしまったのなら、どうか愚か者の戯言と思って忘れてください。今までの御恩は忘れません。ではこれで」  何かを言おうとしていた国光であったが、それを聞いてはいけない気がして和仁は彼の言葉を遮り、媛香の手を引いて脇目も振らず走った。後ろで国光の声が聞こえたが、それを上回るほどに明子の「国光ッ!」という叫び声が響き渡る。

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