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飲んだくれの師匠と魔女っ子の弟子<ハロウィンSS 3>
まさか話しかけられると思ってなかったから、妙に緊張する。
彼は俺の方をじっと見つめてくる。
「これは失礼。折角の祭りなのに一人でいる貴方が気になって」
「少し疲れてしまったので休んでいました。素敵な扮装ですね」
身長も高いみたいだし、普段は貴族のご令嬢をお相手している偉い人なのかもしれない。
俺はそこまで貴族事情に詳しくないから、どなたなのかまでは推測できない。
もしかしたら王族の可能性もあるし、慎重に対応しておいた方がいいかもな。
「褒めていただけるとは光栄です。ここでお会いしたのも何かの縁。少し踊りませんか?」
「踊ったことはないんですけど、じゃあ少しだけ」
果物をベンチの上へ置くと、差し出された手を取って立ち上がる。
祭りの日だし、エスコートを断るのは失礼だよな。
女性じゃなくて申し訳ないけど、許してもらおう。
噴水の側まで連れてこられると、明るい音楽に合わせて踊り始める。
みんな好き勝手に踊っているから、舞踏会で踊るような緊張するものじゃないけど相手の足を踏んでしまいそうだから慎重に合わせて踊る。
「お上手ですね」
「これでも一応、踊れるもので」
くるりと身体を回される。
彼は踊り慣れているみたいで、俺は適当に合わせるだけで踊れている感じがする。
少し楽しくなってきて、何度かステップを踏んでいるとうっかりぐらついてしまった。
「わっ!」
すぐさま腕が伸ばされて、片手で身体を支えられた。
転ぶと思ったのに、綺麗に背中を逸らした状態で留まっているから踊りの一部みたいだ。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ、お気になさらず」
クスと笑う声が聞こえてきて、気恥ずかしくなる。
知らない男性に迷惑をかけてしまうところだった。
暫く踊っていると一曲終わったみたいで、一度音楽が鳴りやんだ。
「先ほどは失礼しました」
丁寧にお詫びを伝えると、彼は一度緩く首を振ってからフッと息を吐いて俺の身体を更に抱き寄せた。
踊りは終わったはずなのになぜか俺と密着しているので、どうしていいのか分からなくなって身体が固まる。
「ウチの可愛い魔女っ子は、鈍感で可愛らしいな」
あっと声をあげる間もなく、顎を捕えられ上向きにされると唇を奪われた。
洋酒の香りがふわりと鼻孔を擽る。
「んむぅ!」
「たまにはこういうのも悪くないだろ?」
仮面の奥の赤い瞳が楽し気に細められた。
ここまでされると、流石に誰なのか気が付く。
「なんで貴族のフリをするんですか。そんなに見た目変えられたら分からないじゃないですか!」
「これくらいで騙されるようじゃ、レイちゃんもまだまだだな」
「普段の粗暴な態度を隠してた癖に。なんで俺の居場所が分かったんですか、テオ」
「分かるに決まってるだろ。俺を誰だと思ってるんだよ」
祭りに来るつもりなら、すぐに起きてくれればいいのに。
俺のいる場所にはいつでもすぐに飛んでくるっていうのは、嘘じゃないらしい。
「俺を騙して楽しかったですか? ホント性格悪い」
「ただ普通に見つけても面白くないと思ったが、声を弄った訳じゃないのに気づかないんだもんなァ」
「テオが貴族だっていうこと、常に忘れてるもので」
「いつもこんな堅苦しいことできる訳ねぇだろ。でも、レイちゃんにとって刺激的なら時々してやろうか?」
言い方まで腹が立つ。
ぷいっと顔を背けたのに、テオは俺のことを放してくれない。
それどころか、祭りだから誰も見ていないとか言ってずっとベタベタしながらキスしてくる。
この人、絶対にただの酔っ払いだ。
さっき俺がカッコイイと思って見惚れてしまった事実は、心の奥底に封じ込めようと誓った。
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