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第11話(9)
何も注文していないのに取皿と箸を渡されてどんどんお皿が並べられていく。
「いただきます」
白米と味噌汁が置かれたところで手を合わせる店長を見ながら僕も手を合わせると、さっきの割烹着の女、|早智子《さちこ》さんは「食べたいものあったら声掛けてね!」と奥に引っ込んで行った。
レンコンのきんぴらにひじきの煮物、肉じゃが、ナスの煮浸し、筑前煮、だし巻き卵、コロッケ……どれもどこか懐かしい優しい味だ。
「……お前って飯食ってる時、いい顔するよな」
ぽつりと呟かれて顔を上げると、店長はフイっと視線を外してグラスの麦茶を一気飲みする。
「店長……さすがにその反応は傷付きます」
「は?いや……別に……」
目の前に座って向かい合っているのにほとんど目は合わない。それは店長がこっちを見ないからだ。
「僕……迷惑ですか?」
特に意識していないのに目頭が熱くなる。
涙の気配を僕は必死で追い払った。
「マジですよ?」
「はぁ?」
「店長のこと、本気で好きなんです」
コチコチと壁に掛かっている古臭い時計がただ静かに時を刻む。
店長はピタリと動きを止めたまま瞬きさえも忘れたかのようにただ固まっていた。
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