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第23話(6)
結局、待ちきれなくてベランダから通りを眺める。
早智子さんにもらってきた惣菜はそのまま机の上に置いてすぐに持って行けるようにしていた。
軽くシャワーを浴びて服を着替えただけだったが髪ももう完全に乾いている。
ここ最近、僕はシャワーの後は香水をつけていないし、大学やバイトに行く時だけに甘いバニラの香りを纏うことにしていた。
使用することのなくなったシトラスの香り。
初めてナルに会った時にもらった、僕を“かわいい”から“妖艶”に変える魔法だった。
店長のあの暖かくて落ち着く香りを壊したくなくてそのバニラさえ家を出る玄関先でさっとつけて、帰ってすぐに落とすほど……そんな魔法はもう必要なくなった。
パーカーの腹にあるポケットからスマホを出して見ると、間もなく20時半。
再び下に目を向けると、しばらくして芳井が裏口から出てきた。
駅の方へ歩いて行った芳井を見送ると、急いで戸締まりをして惣菜の入った袋を持つ。
自分でもよくわからないくらい店長に会いたい。
傍に居たい。
何とかエレベーターを待って降りるとエントランスを抜けて階段を駆け降りた。
裏口から入ると
「本当にすぐ来やがって。まだ仕込みも終わってねぇだろーが」
目を細めた店長がすぐに居て思わず抱きつく。
その広い胸にくっついて目を閉じる……前に引き剥がされた。
「邪魔だ!くそっ!!」
これが恋人に対する態度とか……悲しくないか?
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