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羨望
5月。
お互いの様子をみるような日々から少しづつ慣れてきて、だいぶクラスの仲も馴染んできた頃。
ある日のHRの後、俺の真後ろ3つめの席から、イヅルの大きな声がした。
「ヒナー!席変わってくんね?」
ついさっき、ほんの数秒前、くじ引きで引いた一番後ろの席だ。
「はぁ?なんでよ」
「俺さ、実は目ぇ悪いの」
……こいつ。目の悪いヤツは先に引けってのを聞いてなかったのかよ。
「眼鏡でもかけりゃいいじゃん」
「バレーんとき邪魔だし。それに俺って、眼鏡のフレームには収まりきらないと思わん?」
「思わんわバカ。言ってろ」
意味のわからないコトを言ってふざけるイヅルの足を軽く蹴りながら、俺とイヅルは笑いながら席を変わった。
◇
「やっぱ失敗したかも……」
「おーっす!どーした、ヒナタぁ!」
昼休み、部活のオリエンテーションでイヅルは呼び出されていた。
学食で一人ラーメンを食う俺の隣に座ってきたのはいつもテンションMAXな南だ。
「あれ?南はいーのかよ、オリエンテーション。お前もバレー部だろ?」
南はランチの乗ったトレーをテーブルに置いて、マンガみたいに人指し指をたてて、チッチッと左右にふった。
……そういえばコイツ、今はアメコミにハマっているとか言ってたな。
「ナーニいってんだよ日向。イヅルハルカと俺なんかを一緒にすんなよ。今日は試合出場する2、3年の集まりだってさ。イヅルハルカは部活にまだ入って間もねぇのに、すでに試合出場が決まってるワケ」
「……ふーん」
俺はラーメンをすすりながら南の話を聞く。
南はイヅルのコトをフルネームで呼ぶ。
別にイヅルでいーじゃんと思うんだけど、本人いわく、尊敬の意味も込めているんだそう。
そんなにみんなに一目置かれるワケが俺にはさっぱりわからない。
だって俺といる時のイヅルは、テレビや漫画が普通に好きで、何をするにも俺と同じ普通の15才で。
くだらない話に華を咲かせて盛り上がったり、はしゃいだりしている姿からはどうしても想像できない。
「それはそうとさ、一体何を失敗したんだ?」
「あー……」
ランチの味噌汁に箸をつけながら南が問う。
「……席。あいつと変わったら、前見えねぇの」
俺は残り少ないラーメンを伸びないうちにとすすりながら答える。
「イヅルハルカ?」
「そうそう。アイツ座高たけぇって!」
「すげーよなー。185だってさ。まだ伸びてるらしいぜ?」
「んなコトはいーんだよ。いつも寝ててくんねぇかなー……」
「イヅルハルカのためだ!日向も我慢しろよ!」
箸をおいてオレの背中をポンッと叩く南。その顔は誇らしげに笑っている。対照的に俺の口からでるのはため息だ。
「……南お前さ、前から聞こう聞こうと思ってたけどさ……」
「何?」
「イヅルのどこをそんなに尊敬してるワケ?」
ラーメンを食い終えたオレが今度は南に問う。
南は何を当たり前なこといってんだよ、って言うようなキョトン顔をして口を開いた。
「バレーのセンスに決まってんじゃん。お前、イヅルハルカのプレー見たことある?」
「……」
俺は無言で首をふる。
今度は南がはぁ……とため息をついた。
「日向ー……お前、イヅルハルカと仲いんだろ?試合とか見に行ってみれば?ウチの部、練習試合とかすげーやってるし、イヅルハルカはいつもレギュラーででてるぜ?」
ランチをすすめながら、南はちらりとコチラを見る。
「……でも俺、別に興味ねぇし。バレーとか見ててもなぁ……。だいたい俺がイヅルの試合見に行くってなんか変……」
俺の言葉の途中で南は興奮したようにガチャンッと箸を置く。その音に、俺らのテーブルで飯を食ってたやつらが一斉にこちらを向いた。
「んなコトねぇよ!イヅルハルカのプレーはすげぇよ!見て損するコトはぜったいねぇよ!」
「み、南、ちょ……っ。わ、わかったわかった!まぁ落ち着けよ……」
俺は慌てて一気に興奮しだした南を落ち着かせる。
……なんでイヅルの事なんかでこんな熱くなれんだよ、こいつは
どこまでも冷めている俺を一目ちらりと見ながら、南は水を一口のんで、さらに言葉をつなげた。
「なぁ、日向。お前さ、イヅルハルカのプレーみた事ねぇからそんな冷静なんだよ。あんなすげぇヤツが同じクラスにいるっつったら、興奮しねぇワケないって。マジであいつは天才なんだから」
「……」
「だいたいさ、同じ練習してんのに差がつきすぎなんだよ。いーよなぁ天才っつーのはさー!」
「ふーん……」
南の言葉にしばし沈黙。
天才……ねぇ
「来週の日曜日、練習試合あるしさ、見に来いよ!」
「あー……」
ーーこうして
かなり乗り気じゃなかったけど、南の押しに負けた俺は、来週の日曜日にイヅルの試合風景なんかを見に行く事になってしまった。
一度くらい見に行ってやってもいいか、なんて
気楽な考えだった俺は、その日からあいつの印象がガラリと変わることなどまだ知らなかった。
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