12 / 120
羨望⑥
なんで……
辺りを見渡しても、そこにいるのはイヅル一人だった。
何してんだ、こいつ……
イヅルがふぅと息をついて、片腕で汗を拭った。
『今日は3時には解散。みんな休んでるぜ』
南の言葉が頭をよぎり、壁際の時計に目を向けると、針はもう7時を指していた。
タンッと再びボールを軽くたたきつけ、高く高く上へと投げる姿を凝視する。
イヅル……
バシッとボールが落ちたのは練習試合でアウトの判定を受けた、相手コート右側のバックラインだった。
それを見て、イヅルは小さくうなづき、そうして再びボールを軽くたたきはじめる。
……お前
ずっとこんなーーー……
自然と握りしめていた、空の拳に力が入った。
みんないないのに……
試合には勝った。
あの1セットはお前のせいじゃない。
なのに。
イヅル……
俺は体育館の中央に立ち尽くし、そこから一歩も動けなかった。
イヅルの見たことのないような真剣な姿に、かける言葉すら見当たらなかったんだ。
以前の南の言葉を思い出す。
『やっぱさー、イヅルハルカはちげーよ!同じ練習してんのに差がつきすぎだよ。いーよなぁ天才っつーのはさー!』
……なんだよ。
嘘つくなよ、南
イヅルはただの天才なんかじゃない。
俺は相手コートに向かって、何度も何度もサーブを打ち続けるイヅルの姿を静かに見つめる。
イヅルは……人一倍努力してるんだ。
こいつは努力する意味を知っている天才なんだよ。
ーーだから、きっと無敵なんだ。
前に、俺もついイヅルに言ってしまったことがある。
イヅルは言葉にすら出さなかったけど、その瞳は明らかに否定を印していた。
……そりゃそうだ。
イヅル、お前の気持ちがようやく少しだけ、わかった気がする。
[天才]
そんな一言で片付けられることに納得できるわけがない。
だらだらと額から汗を流しながら、でも、それを拭うことなく、イヅルはひたすらサーブを打ち続けている。
次第にその下降点がある一点に定まってくる。
まるでビデオをみてるみたいだった。
徐々にイヅルの打つサーブは、すべて一定のバックラインの上に重なっていった。
イヅルは才能の統べてを努力で引き出すことのできる……
ーー『本物』、なんだ
一度目的とするその一点をついたイヅルのサーブは、次からはまるでなにかに引き寄せられるかのように、的確にそこをついていた。
なのに何度も手を休める事なく、この感触を忘れないようにするかの如く、ひたすらサーブを打ち続けるイヅル。
……かける言葉は見当たらなかった。
ただ単純に、俺はイヅルのプレーにみとれていた。
汗を拭わず、静かに目標だけを見つめるそいつの魅力に、かっこいいなんて。
バレーに関する知識もない俺には、そんな言葉でしか表現できなかった。
でも、そんな俺にも確かに響いていた。
心奪われたんだ。
イヅルハルカという男の存在に……
ともだちにシェアしよう!