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羨望⑦
どのくらい時間がたったんだろう。
しばらくその光景を見つめていた俺は、足元にコロコロと転がってきたボールにハッと我にかえった。
「……」
一言も発せず、ただ汗を拭う真剣な顔が未だそこにあった。
ボールを拾い、再びサーブを打とうとする目の前の男に投げつけて声をかける。
「イヅル!」
「え!?ぅわっ!」
振り向きざまに、飛んできたボールを左手でバシッと受け止めるイヅル。
「え、ヒナ!?……んでココに……え、いつから?」
訳がわからないという顔で俺をみるイヅル。
次第にその頬が赤くなるのが見える。
「え、え……うわ~……な、なんかすげー恥ずかしいんだけどっ」
照れ隠しのように2、3度叩いたボールを俺に投げつけてくる。
俺はそのボールを両手で受け止めながら、イヅルに話しかけた。
「……すげーな、お前。ずっと練習してたんだな」
「すげーとかゆーな!うわ……も、マジかよ……!」
俺の言葉に顔を隠すように両手で包む。
しばらく沈黙の後、やっと両手をはずしてこちらを向いたイヅルの耳はまだ赤くなっていた。
コソ練を見られたのがそんなに恥ずかしかったのだろうか。
「あー!……天才の裏事情を知ったら高くつくぞ、お前」
「バーカ、言ってろ」
そうして諦めたようにこちらを向いて笑う。
……ウソばっか
んなコトいうの、一番嫌いなくせに。
たかが練習試合なのに、サーブ一本入らなかった事にあえて自分に課題をかして、そうして、誰にも見られないように一人で練習していたイヅル。
その気持ちって俺にはよくわかんないけど。
でも、イヅルがただバレーがうまいだけのモテるヤツじゃないってことだけはわかった気がする。
「ヒナ、それよりなんでココにいるんだ?」
「あ」
俺はやっと当初の目的を思いだし、ここに辿り着くまでの経緯をイヅルに説明した。
イヅルは呆れたような顔をして俺を見る。
「……バカだなー」
「ほっとけよ」
「ヒナってそーゆートコ抜けてるよなぁ」
「うるせぇよ。……イヅルくん?お前が一人で練習してること、南にばらすぞ」
「うわっ!それ、マジやめて!アイツったら日々、俺に羨望の眼差しを強めてくんのよ。このままじゃ南に襲われちゃうかも……」
「キモッ!!」
大声をだしてすっきりした。
いつのまにか俺たちのまわりにはいつもの雰囲気がもどっていた。
そろそろ練習はやめるというイヅルと2人、笑いながら落とし物を保管してあるという準備室を探す。
「あったかー?」
「んーー」
小さな黒いふくろに入ってるという大雑把な情報しかなかったため、それはなかなか見つからない。背の高いイヅルは上の棚。俺はしゃがんで下の棚を探す。
「お、なんか……あ、あった」
「どれ?あーこれだわ」
「早くでてこい。俺のiPhone11」
袋をさぐると、そこには俺の携帯のほかに2、3個 あって。
「しっかしヒナ以外にも携帯落として気付かないヤツなんているんだなぁ」
「うるせぇよ」
自分の携帯を取り出すついでに、他の携帯もごそごそと探った。
ハデなのが1つと真っ赤なのが1つ。
そうしてもう一つ、最後の携帯を取り出したら、イヅルのひやかしが止まった。
「……え」
「?どーした?」
「…………」
急にイヅルが真面目な顔になる。
「……俺のだ」
「……は?」
「それ、俺の……」
「はぁ?!」
一瞬の沈黙のあと、イヅルが焦ったように話しだした。
「……ぷっ」
「笑い事じゃねぇよ……なんで!俺は、ちゃんとバックの中に……」
「ぶははははっ!ま、いーじゃん?見つかったんだしさ。……んで、誰がバカだって?抜けてるって??」
「くっそー!絶対誰かに嵌められた……!」
悔しそうに顔をしかめるイヅルを見ながら、俺はバカ笑いをしていた。
……口には出さなかったけど、俺は少し安心していたんだ。
だってやっぱり
イヅルはイヅルだったから。
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