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彼と彼の事情

「ああ俺、あと一日誕生日遅けりゃよかったのにな」  ある帰り道、ファーストフード店で2杯目のコーラを飲みながらイヅルがいった。 「は?なんでよ?」  俺はたいして興味もなく、ハンバーガーを食いながら問う。 「つーか、オマエの誕生日っていつよ?」 「7月9日」 「1日後だと10日?……なんかあんの?」  そこでズーっとジュースを飲み干してからイヅルは顔を上げて、真剣な顔をしてこういった。 「7月10日で、なっとうの日だろ?ゴロとか合うとさ、なんかお得な感じがしない?」 「………………」  俺はハンバーガーをくわえた口が塞がらなくなった。  ……聞いてた??  こいつはこんなやつなんだよ?  みんなこんな男のイッタイ ドコガ イイノデショウカ?? 「……お前ってたまにワケわかんねぇよな」 「そうか?」 「バレーやってる時とまるで別人……」 「あー、よく言われる」  そういってイヅルは笑って。  つられてオレも苦笑しながら、寮へ向かうイヅルと別れたのだった。 ✳  わかってはいたけど、やっぱりイヅルはモテる。  毎日のように他クラスの女子が訪ねてきたり、他校の生徒らしき女子もイヅル目当てで試合を見に来ていたり。  南に聞いた話によると、手紙、電話、メールに飽きたらず、隠し撮り(バレてるけど)する子までいるようだ。  それにイヅルの周りを取り巻くのは、なにも女子だけではなくて。  イヅルの活躍を知っている他校のバレー部員が姿を見ようとやってくる事もしばしばで、そんなヤツと一緒にいると俺の印象はかなり薄い。  でも俺は別にそれでもよかった。  イヅルがそんなふうに人から好かれて、尊敬されるような存在であることは自分のことのように嬉しかったし、そんなイヅルと一緒にいることが自慢でもあったんだ。  ……今思えばこのころすでに、俺のイヅルへの気持ちは友情とは違う何かへと、変化し始めていたのかもしれない。 ◇ 「あー、彼女ほしーなぁ」 「ふーん。あー、そーいやヒナってよくそんな話してたもんな。つか中学からの彼女とかいなかったん?」  それは5月の終わり。  だいぶ学校にも慣れてきたころ。 「中学は中学で終わってんの!」 「その感じからすると別れたんだな」 「うっさい。イヅルこそどうなんだよ」 「俺は別に今はいいや。いろいろ面倒だし。それにそんな余裕ないしな」 「うわ〜!今はって余裕発言!だいたいなぁ、お前がモテすぎるから俺が目立たないんだ」 「そーか?たまに放課後呼び出されてんじゃん。そんなに彼女欲しいならその中から選べばいいじゃん」  そういって、イヅルはたいして興味がなさそうに次の教科の準備を始める。その様子を見ながら小さく溜息をついた。  たしかに『高校に入ったらまずは恋人を作りたい!』と、俺と同じような考えの女子もいるらしく、なんだかんだ愛想をよくしていたら顔見知りの2人に軽い感じで告られた。  でも、そうじゃなくて。俺はちゃんとした恋愛をしたうえでの恋人が欲しいんだ。そのためには自分が好きになれそうな子を見つけて、段階を踏んで仲良くなりたい!  そうゆうとイヅルはははっと笑った。 「……ヒナって意外に真面目だよなー」 「何だよそれ。俺のことバカにしてます?いいじゃん別に。やっぱ彼女は欲しいじゃん!」 「いや、悪いなんて言ってねぇじゃん。いいと思うよ。俺にはよくわかんねぇけど」 「やっぱりバカにしてんな、お前。ちょっとモテると思ってっ」  落ち着いた様子で笑うイヅルの前だと、彼女が欲しい、欲しいと騒ぐ自分がバカみたいでちょっと恥ずかしくなってきた頃、はぁぁと溜息をついた南がこちらに向かってきた。 「はぁぁぁ」 「どうした南、珍しく元気ないじゃん」 「5組の山下……山下に……」 「山下がどうかしたか?」 「もう彼女ができたらしい……。俺と同じだと思っていたのに。何が違うんだろう」  はぁぁあと溜息をつく南に向かって、俺は力強く頷いた。 「だよなぁ!南!やっぱり彼女はほしいよな!!」 「??まあ、そりゃそうだろ」  同志を見つけた俺は南の肩を軽く叩きながら再び頷き、さっき売店で買ってきたコーヒー牛乳を渡した。 「まあ、飲みなさい。わかるよ、わかる。これが普通の反応だよ、イヅルくん」 「?」 「いや、だから別に俺は自分がいらないってだけで、どうでもいいんだって!」 「イヅルハルカ!なんてことを言うんだよ!貴重な高校生活なのに……もったいないっ!お母さん泣いちゃうっ」 「ほんとだよ!もっと楽しめよ!お父さんも泣いちゃうっ」 「もう、お前ら、ほんとにさ……」  いい加減にしてくれよ、と言わんばかりにイヅルが溜息をついたときに、チャイムがなった。  席を立ちながら、南がポンポンとイヅルの肩を叩いてから、俺に耳打ちをする。 「まあまあいいじゃないか。……日向、イヅルハルカが興味ないってなれば、強力なライバルが減って、俺たちには好都合だっ」 「まあ、そうだな。つかライバルもなにも、そもそもの相手がいないけどな」 「いや、日向!まだ入学して数ヶ月だ。ここからどんどん発掘していけばいい!幸いうちの学校の周りは女子校も多いし、うちの学校も女子の数のが多い。ここは宝の山みたいなもんだ!」 「そうだな!まだ高校生活は始まったばかりだしな!」  盛り上がる南に乗っかる俺たちに、イヅルは苦笑している。 「まあ、頑張れ」 「くぅっ!余裕の笑み!何も始まってないのになぜか負けた気分」 「チクショウ。イヅルめ……!後で羨ましがるなよっ!」  そんな話をして、そのときは終わったんだけれど。  その数日後に、本当に現れたんだ。  まさに俺の理想。  ストライクゾーンど真ん中のかわいい女の子が!!  ただし………… 「イヅルくんいますか?」  ………やっぱりイヅルのファンだったんだけれど

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