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彼と彼の事情⑧
視界に入った光景は止まってみえた。
背の高いイヅルにしがみつく雪ちゃん。
夕焼けが窓から差し込んで二人の影をのばしている。その状況は、さながら一枚の絵のようで。
これはやっぱ夢なんじゃないか?
その光景に、俺は全く動けなかった。
それにさっき聞こえた、『無理矢理』って言葉。
俺と雪ちゃんが学校以外で会ったのなんて数えるほどだ。その数回の間も数時間、当たり障りのない映画に行ったり、ランチしたり、その程度なのに。
そんなふうに言われるような事、俺が何かした?
扉の向こうで固まる俺の存在にまだ2人は気付いてはいない。
「日向くんが……急に……雪、嫌だっていったのに……」
「高宮……それは、ほんと?」
イヅルの腕の中で雪ちゃんが泣きながら訴える。
…………?なに……
「日向くん、雪のコト好きだって……イヅルくんなんかやめろって……俺の方がって無理矢理……キスしてきて……」
涙声でイヅルに抱き付きながら訴える雪ちゃん。
……は?
……そんな事した覚えないけど?
開いた口が塞がらない、とは、まさに今の状態だというくらい、俺は呼吸も忘れるくらいに固まっていた。
「もし、イヅルくんと付き合うなら許さないって……脅されて……」
「高宮」
泣き付く雪ちゃんの背中をさするイヅル。
ガラガラと、何かが音をたてて崩れていく気がした。
雪ちゃんへの感情はすでに特別なものではなかった。
イヅルとつきあってるーーそう聞いたときから、雪ちゃんに対する思いは恋愛感情ではないことがわかった。
ただ可愛い、みんなから羨ましがられること付き合いたい、そんな気持ちだったと気づいたから。
別に雪ちゃんに何をいわれようが、なんといわれようが、気にするつもりはない。
……でも
「高宮……」
夕日の中、雪ちゃんの背中をさするイヅル。
……イヅル
お前はその子のいうことを信じるのか……?
「ほんとに、ヒナがそういった?」
顔をあげさせて、雪ちゃんとイヅルの瞳がばちりと合う。
イヅルを見上げる雪ちゃんの瞳は誰もが心奪われる、涙ぐんだ上目使い。
お前は俺より、そのコのいうことを信じるのか……?
胸がキリキリと痛む。
「うん」
「そう……」
納得したようなイヅルの声。
鼓動が早まる。
渇いた口が動かせない。
はっきりとした、絶望感。
……イヅルにだけはそんなふうに誤解されたくなかった。
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