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彼と彼の事情⑨

「嘘だ」 「え?」  もう何もかもが、なんだかどうでもよくなった。     放心状態の俺はゆっくりと扉を締めようとする。  そんなとき、背後から聞こえたイヅルの声。 「それ、みんな嘘だろ?」 「え……な、なに、イヅルくん……ほ、ほんとだよ?!」  さっきまでの神妙な顔はどこへやら。真面目な顔で笑みを浮かべるイヅルはどこからどうみても怒りであふれていた。  雪ちゃんは涙ながらにイヅルにしがみついてうったえる。  イヅルはそんな彼女を今度は乱暴に片手で引き剥がした。 「……離せよ。もう猫かぶんのやめれば?俺、みーんな知ってんのよ?」 「え……何いって……」  感情のない顔のイヅルをみるのははじめてだ。いつも温厚なイヅルのこんな姿は、おそらく誰もが見たことないだろう。  離れた距離からみていても、雪ちゃんの顔が青ざめているのがわかる。 「だってさ、高宮が今付き合ってるH高の男……俺の友達なんだよね」  はっと顔をあげる雪ちゃん。 「だからけっこう気をつけてたんだ、あんたには。アイツからいろいろ聞いてたしさ。でも、まさかヒナに近づいて、俺にそんな事いって気を引こうとしてくるとは思わなかった」  怒りを抑えたような口調。  雪ちゃんは真っ赤になって俯いている。 「……はじめから知ってたけど、あんたを少しわからせようと思ってなんも知らないふりしてたんだよ。 ……そしたら、またひでぇ事言うよな」  イヅルの言葉に雪ちゃんは何か思い出したかのように、顔をはっとあげる。 「……っでも!でも、日向くんのコトはほんとだよ?日向君が……」 ーーダンッ  雪ちゃんの言葉の途中で、イヅルが扉の締まらないロッカーを力いっぱい蹴った。  ビクリと震える雪ちゃん。  俺はまだ締まり切らない扉から、その光景をじっと見つめて目がはなせなかった。  イヅルは怒りを込めた目で振り返る。そうして、まだ震える雪ちゃんを上から見下すように冷たい瞳で見つめていった。 「……まだそんな事言うのかよ?ヒナが……日向がそんな事するわけねぇじゃん。あいつは、そんな奴じゃない。あんたの素性、彼氏いんのに他の男に尻尾ふって、そのために他の男だますような最低女だってばらされたくなかったら……俺に日向にも、もう近づくな」  イヅルが言い切るより先に、雪ちゃんはバッと立ち上がり、扉むかってダッシュしてきた。 「!」  ……当然、そこにいた俺にようやく気付いたわけで 一瞬足をとめたものの、そのまま外へと駆け出していった。

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