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彼と彼の事情➉

「ふうーーーー……」  バタバタと雪ちゃんが走り去った後に、聞こえたのはイヅルの長いため息だった。    頭を掻きながら俯き、ゆっくり扉のあるこちらへと近づいてくる。  イヅルが扉に手をかけて……目の前の俺にようやく気付いた。  本気で驚いたように瞳を丸くする。 「ヒナ……?え……い、いつから、ココ、に……?」 「……」  さっきまでの威勢のいい男の顔はどこに消えたのか。  イヅルは気まずそうに瞳をおよがす。  きっと俺を傷つけたと思って気を使っているんだろう。  ……そんな事ないのに。    俺は嬉しかったんだ。  会話の中身よりも、雪ちゃんがひどい女だった事実よりも……なによりも。 『アイツはそんなヤツじゃねぇよ』  イヅルが俺を信じてくれた事が。  本気で嬉しかったんだ……  扉をはさんで固まる俺とイヅル。イヅルはあからさまにどうしたらいいかわからないとでもいうように、固まったままだ。 「……あんがとな」 「え?何が…?」  イヅルは驚いたように顔をあげる。 「なんでもねぇよ」 「イテッ!何すんだよ」  照れ隠しに奴の足を軽く蹴る。それはちょうど脛にヒットして、イヅルが少し顔をしかめた。  そうして少し黙った後、顔をあげて言う。 「ヒナ……雪ちゃんの事は……」 「イヅル!今日、Lバーガーいこーぜ」    ーーイヅル。  お前が雪ちゃんの事を話さなかったのは、俺を傷つけないためだよな。雪ちゃんに好意を持っている俺を傷つけず、でもあまり近づけないように、できるだけ遠ざけようとしてくれてたんだな。  なのに俺は……本当に馬鹿だ。  イヅルの言葉を遮るように俺は口を開く。 「え?」 「もう今日は部活いかねぇんだろ?」 「あ、ああ……休みもらった……けど」  なんだかわけがわからないといった顔のイヅルに軽く笑いかけて、俺はゆっくりイヅルに背をむけて歩き出す。 「……失恋記念だ。付き合え。」 ◇  門をでる俺の後ろをイヅルはゆっくりついてくる。  南から聞くところによると、バレー部は休みをとるのも難しくて、ましてやイヅルのようなレギュラー選手ならもっての他だろう。  ……なのにイヅルは、雪ちゃんと話をつけるために、俺のために、部を休んでまでくれたんだ。  ちらりと後ろを盗み見る。  鞄を後ろでによそ見をしながら歩くいつもと変わらない姿をみて、言い表せない気持ちが込み上げる。  俺は  感謝してもしきれない胸の高まりを、イヅルに感じていたのだった。

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