37 / 120

間違い③

「あーもう!やっぱり酔ってんじゃん」 「酔ってないってば」 「わ」  がバリと掴まれた肩。  近寄ろうとして見ればイヅルの腕がのしかかるようにのっている。 「おもっ!どけって!」 「あはは」  ご機嫌のイヅルに肩を組まれて、並んで座ってる状態。この位置だとイヅルの息が顔にかかる。  ちょっと近いだけで心臓がバクバクするから、今までずっと離れていたのに。  まさか急にこんなプライバシーテリトリーを大幅に超えてくるなんて。  ……もう心臓が口から出てきそうだ。  腰をずらして、イヅルから離れる。 「……もう休めば?明日部活あんだろ?」 「んー」  鼻歌を口づさみながら、イヅルはゴソゴソと何かを取り出す。それはちょっと年季のはいったギターだった。 「え、なにそれ。お前、そんなんもひけちゃうのかよ!すげえな!モテ度フルコンプリートじゃん!!」 「なんだそれ」  言いながらギターを鳴らし、笑って歌い出すイヅルはやっぱりめちゃくちゃご機嫌だ。 「えーすげぇじゃん」 「簡単な和音しか弾けねえよ。ちょっとしか教えてもらってねえし」 「それでもいいじゃん。……なあ、なんか歌えるのねえの?」 「ん、聞きたい?」 「聞きたい」 「ん、じゃあ久々鳴らしてみるか。上手くいくかわかんないけど……」  ジャンと音を確かめてから、イヅルの指がギターの弦を弾き出す。  ゆるやかに流れる曲。もちろん、テクニックのある演奏とかそんなんじゃないけれど。  ギターの優しい音色に合わせて、いつものイヅルとはまた違う声がそこにあって。  …………うまいじゃん  俺はじっとイヅルを見ていた。  ふと時計をみると19時で。もう辺りは真っ暗だ。  テレビもない静かな部屋の中、イヅルの歌声とギターの奏でる音色が独特な世界をつくりだす。  すげぇなイヅル。  お前、バレーだけじゃなくてこんなんもできんだな……  優しいその曲は瞳を閉じるとCDでも聞いているかのようで、俺はその幻想的な世界にはいりこんでいく。  ……ああ、好きだな  イヅルの声が。表情が。バレーをしているときの真剣な姿が。ギターを奏でる、その指先が。  ーーイヅルが。  イヅルが好きだ。  諦めよう、認めないでおこう。 そうして静かにその感情が消えていくことを望んでいたはずなのに。  改めて、そう感じてしまう。  なんだかとても心地いい。  このままずっと聞いていたい。ずっとこうしていられたらいいのに……  瞳を閉じたまま、まぶたの奥でそんな事を望んでしまう。  馬鹿な事だけど……このままイヅルを独り占めしていたいなんて本気で思う。  ……笑っちゃうだろ。おかしすぎる。  そんなことを考えていると、途中、急に音がとんだ。 「あ、やべ。やっぱ間違えたわー」 「なんだよイヅルー!めっちゃいい感じだったのになあ。つーかそれなんて曲?聞いてると心地よくて眠っちゃいそうだった。イヅルほんとすげぇな!」 「いやヒナ、それ褒めてねえし」  クスクスと笑うイヅルが手を伸ばしてくる。 「ほんと面白いな、お前」 「!」    しかし、その手が俺の頭を撫でたとき、思わず、パッと片手で弾き返してしまう。    ……駄目なんだって。  あんまり近づきすぎると心臓に悪いから  再びドキドキしているのを気づかれないように俯いているとなんだか視線を感じて、ゆっくり顔をあげると、とても優しい顔したイヅルがいた。 「……なぁヒナ。お前、一体俺のどこが好きなの?」  …………え  瞳を合わせる。  優しい、でも、真剣なイヅルの顔。  ーーなんで今  なんで今更  ここでそんな事聞くんだよ…… 「な、何いってんだ」 「いや、聞いてなかったから。聞きたいなあって……」  からかってる……のか?  でも、目の前のイヅルの顔は真剣だ。 「いや、知らねえし」 「聞きたい」 「いや、ほんっとに」 「聞きたいなあ」 「……あのな。可愛く言ったって駄目。知らねえもんは知らねえの!」 「自分の気持ちなのに?」  イヅルの言葉が胸に刺さる。  それは無垢で無邪気で残酷な子供の言葉のように。 「自分の気持ちだからわかんねえんだよ……だいたいなあ、お前。人のことからかうのもいい加減にしろよ」 「いや、からかってなんかない」 「お前、絶対面白がってるだけだろ。だいたい人の真剣な告白を何回もネタにしやがって!」 「ヒナ、それは……」  なんだか急にムカムカしてきたんだ。  いつもいつもからかうばかりのイヅルのことが。 「ああ、そうですよ。俺はお前のことが好きだよ、確かに!でもさあ、諦めようと頑張ってんだよ。努力してんの!」 「ヒナ」 「なのにお前はさあ、イジったり絡んできたり、ほんっとわかってないっつーか、しかもさりげなく優しかったり、予想しないとこで可愛かったり、ギターとかめっちゃかっこよかったし……なんなんだよ?!」 「ヒナ」 「ほんとになんなんだよイヅル……これ以上お前のこと好きにさせてどうすんだよ、ほんと! お前を嫌いになる方法があったらこっちは教えてほしいくらいな……」  まだまだ言いたい言葉があった。  でも、これ以上は言えなくなってしまったんだ。  何が起こったか意味がわからない。  ーーだって俺の唇はイヅルの唇で塞がれていたから。

ともだちにシェアしよう!