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間違い④
一体、これはなんなんだろう。
しばらく重なったままの唇の感覚を感じながら、俺はじっと今までにみたこともないくらい近くにあるイヅルの顔を凝視していた。
それはとても長く感じたけれど、時間にしてみればほんの数秒だったと思う。ゆっくり、そっと、唇が離れていき、見開いたままだった俺の視線はイヅルの視線とぶつかった。
こんなこと、想像もできなかった。
ほんとに一体、なんなんだ、これは。
至近距離で見つめ合ったまま、俺の頭の中はフル回転でこれまでのいろんなことを思い出し、いろんなことを想像していた。
実はイヅルは俺のことが好きなのだろうか。好きだから、こんなことをしたのか?
見つめ合ったまま、先には沈黙を破ったのはイヅルだった。
「なんでヒナ、ずっと見てんの」
「……お前がそんなことするからだろ……っ。つか、今の何。なんで……」
ーなんでこんなことしたんだ。お前も俺のこと、好きなのかよー
喉元まででかかっていた言葉。そう聞きたいのに、やっぱり……怖い。聞けない。
「試してみたかったから」
迷ったまま固まっている俺の耳に、ふと聞こえたのはそんな言葉だった。
「え?」
「試してみたかったんだ」
もう一度。優しく言われた言葉に全身が固まった。
イヅルは何を言っているんだ?
『試してみたい』?
って。
一体、どうゆう意味だよ……
先程までの熱くなりはじめた感情が、急に凍りついた。
……何言ってんだよ、イヅル。
お前は俺の気持ちを知ってて、そんな残酷なことを言うのかよ?
お前はただ、男が相手でも大丈夫なのか試したいだけなのかよ?
お前は
お前は俺のことを何してもいいような、都合のいいやつにしか思ってなかったのかよ……
……勘違いしてた
告白しても変わらないオマエの言葉や態度に、もしかしたら……なんて、期待を抱いてしまう部分もあったんだ。
都合がイイから、いろいろと楽だから。珍しいから、試してみたいから。
そんな理由で「友達」とゆう関係を続けていたんだとしたら……そんなの友達なんかじゃねぇよ。
もやもやした黒い感情。イヅルが何を考えてるのかまったくわからない。
だからこそ、俺の中の疑惑はどんどん勝手な確信へとかわっていく。
「ヒナ?」
険しい顔で固まったままの俺の真正面に、イヅルの不思議そうな顔がみえる。
……誰でもいいのかよ、イヅル
「……どけよ」
俺はお前にとって一体なんなんだよ?
イヅルの瞳を見つめながら、心の中でうったえる。
言葉にしたらお前は当然のようにいうだろう。友達だ、と。でも、俺はもうそんな言葉を望んじゃいない。
俺はあのまま、曖昧な関係でもよかったんだ。
イヅルの隣にいられれば。一緒に笑っていられれば………なのに。
試してみたい?自分が男が相手でも大丈夫かってことを?……なんだソレ。ふざけるなよ。
『友達』の枠を超えるタブーを犯したのはお前だ、イヅル。
お前がいう友達はただの『都合がイイヤツ』なのかよ?
「ヒナ?」
イヅルの横を通り抜けて、荷物を手に取る。そのまま部屋のドアに向かって歩く俺の背後から呼びかけられた言葉に足を止める。
言いたいことは山ほどあるのに、睨みつけたまま、何も喋れない。
冷めきった感情とは別に、何か熱いものがこみ上げてきて、一言でも口を開いたら涙が零れ落ちそうで。
好きだと言われなきゃ嫌だ、とか、ちゃんと気持ちを確かめあってから、とか……
たかがキス1つでそんな女々しいことを言うつもりはない。
確かに俺たちは男どおしだけど、実際にそういう恋愛だって世間にはあるんだし。周りにはいなかったけれど、テレビや本で読んで、当たり前にあることだと思っていたし、相手が男だからって偏見はない。
そりゃ最初はおかしいって……自分は女の子が好きだと思っていたから、戸惑いもあったけど……
そんなのイヅルを好きになった時点でオレだって散々悩んだんだ。
イヅルに対して性を意識してしまう時点で、こんなことを期待していなかったわけじゃない。
それに、キスなんてたいしたことじゃない。
……でも。
「ごめん」
開いたドアが締まり切る直前に、背後から聞こえたイヅルの言葉。
胸が痛いんだ、すごく。
❇
この日の一件から、俺の中で何かが変わった。
大切なものが粉々に壊されたような、守るべきものを失ったような……そんな空虚感
ーー俺たちは……
取返しのつかない『間違い』をおかしたんだ……
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