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すれ違い①

 俺は  俺たちは……  とんでもない間違いをおかしたんだ。 ◇ 「イヅルハルカ?!……お前、早ぇな!!……え、あれ?今日って俺が鍵当番じゃなかったっけ?」 「ああ、南か。はよ」  早朝6時。バレー部の特権でいつでも練習可能な体育館で何本目のサーブを打ったときだろうか。  呼ばれた声に顔をあげると眠そうに頭をかく南がいた。 「……お前いつから練習してんだよ。汗だくじゃん」 「あー……」 「?なんか元気ねぇな。どうかしたか?」  拭い忘れた汗が鼻に伝わって気持ち悪い。  ぐいっと片手でソレを拭って再びサーブをうつべく、ボールを大きく床にたたきつける。 「……別になんでもねぇよ」  バンッと打ったサーブがネット上ギリギリを通り、南の右側のバックラインをつく。 「おー!あいかわらずいいコントロール!すげーなイヅルハルカは、やっぱ!」  感心するようにうなづく姿に、俺は無言でボールを何度も床にたたきつける。  ……ちがう  ほんとはお前の左を狙ったんだ。  コントロールのつかない右腕のスナップを確かめる。掌を握って、また開く動作を繰り返してみる。  ……ふと思い出す  触れた手から感じた、あいつの体温。  目の前にある顔、瞳、そして唇。    振り切るように、忘れるように、トントンとボールを軽く床に叩いて、もう一度サーブを打つ。 『イヅル』  頭上にあがったボールを打ち抜こうとした瞬間、頭の中に響いた、声。  ーーバンッ 「おー……めずらしいな。天才イヅルハルカがサーブミスなんて」  ボールがトントンと南の足元に転がっていった。  ……何も考えられない  昨日は全く眠れなかった。  自分がなぜヒナにあんなことをしたのか、自分でも全くわからなかった。  確かに昨日は気分がよかった。みんなで集まって話して、いつものチョコレートなんかも食べて。とにかく楽しかった。  だけど、ただ、それだけだ。いくらアルコールに弱いとはいっても、あれくらいで酔っ払うことはない。多少気分がよくなっても、それだけのことだ。なんの理由にもならない。    じゃあ、なんで?  なんで、俺は、ヒナにあんなことをしたんだろう?つい口からでた『試してみたい』って言葉。あれば何についてなのか。  これはどうゆう感情なのか、頭がついていかない。自分自身の気持ちなのに……わからない。  考えてみても胸がもやもやするだけで答えがでなかった。  すっきりしないまま朝を迎え、まだ寝ているかもしれないと思いながらも、朝起きてすぐにヒナに電話をした。 『もしもし』 「あ、おはよう……起きてたか?」 『起きてはいたけど……何?』 『昨日……ごめん』  とにかく、謝らなければと思ったんだ。  自分でも分からない気持ちのまま、中途半端な答えのままで、キスをしてしまったことに対して。    俺の事を好きだと、素直に表現してきてくれるヒナがあまりにも可愛くて。  周りのやつとすぐに仲良くなって、打ち解けていくヒナを見ていると、他の奴に取られたくない、とか思って……  ……って、あれ?  それってなんだ?どうゆう感情なんだ、これ。 『ああ、別に……あんなの気にしてねぇし』 「いや、ほんとに。ごめんな、なんか……俺、勘違いしてた。お前のこと」  単純に、ヒナに好かれていることが嬉しかった。だから、なんだか勝手に自分の恋人みたいに思ってたんだ。  可愛かったからキスしたかったなんて、そんな理由……恋人になってからならわかるのに。  俺はヒナのこと、好き……なのかな。  好きだから、キスしたかったんだよな。 『いいから。もう、何も言わないでくれ。忘れるから』 「忘れるってなんだよ……。お前に俺がしたことは事実だろ?ただ、俺は……お前のこと」 『煩い!そんなこともうどうでもいいんだよっ!とにかく……俺のことはしばらく放っといてくれ』 「ほっとけるかよ!」  自分でも驚くくらいすんなりと言葉がでた。  なぜ、ヒナを放っておけないのか。  いくらいい気分でも、なんとも思っていないやつにキスなんてするわけがない。  じゃあなんでヒナにキスをしたんだ?  試してみたかったのは、なんで?  自分が男でも好きになれるか確かめたかったからか?……違う。そうじゃない。  ーーヒナが好きかどうか確かめたかったから、だ。 「ほっとけるかよ……俺は……、男とか女とか関係なしで、俺はお前のことが……好きなんだ」 『………』  数秒の沈黙の後、そのまま充分な言い訳もさせてもらえないまま、電話は切られてしまった。  よく考えてみたら、答えは簡単だった。  いくら気分がよくても手当り次第にキスなんてしない。誰でもいいわけがない。ましてやわざわざ男を相手になんかするわけもない。  好きでもないやつに、そんなことしたいと思ったことなんてない。  さっきまでは本当にわからなかったけれど。  今、わかってしまったんだ。  言葉を繰り出すうち、気付き始めた感情を口にした。  ……俺は  俺はヒナの事が好きなんだ。  あのとき、自分の言った言葉にはっとするとともに、電話越しにもヒナが動揺しているのがわかった。  ヒナには伝わったんだろうか。  あんな事をしたから怒ってしまっただろうか。    その後は2回電話をしてみたが、ヒナは電話に出なかった。

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