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満開②

 その日の試合は全勝だった。  高校バレーの名門であるうちの学校は明日の大会に備えて、会場の近場のホテルに宿泊をしていた。  それは俺たち応援団も一緒で、強制ではないが、この土日は学校引率のバレー部応援ツアーに1、2年はほぼ全員参加しているんだ。  費用は学校持ちだけど、うちはそんな金持ち学校じゃない。だから部員たちは一人づつ部屋があるけど応援にきてるやつらは6人一部屋の雑魚寝部屋。  気がつけば、あたりはもうすっかり真っ暗で。  部屋の窓から見える夜空を俺はじっと見つめていた。  当たり前のように本日の大会を全勝したうちのバレー部。明日の大会を勝ったら、次は関東大会だ。  すげーな……  俺は目の前であぐらをかいて、テレビを見ているそいつに目をうつす。コイツに呼ばれて、俺は今、6人の雑魚寝部屋から個室にきていた。 「ん?何みてんだよ」 「別に」  気付けば阿保みたいにヤツの顔を見つめてしまうんだ。昼間みた真剣な表情とのギャップが激しい、その優しげな顔。  きっとアイドルを好きになるってこうゆう感じなんだろうな。んで、そのアイドルが知り合いだったりすると、こんな感じになるんだろう。……なったことないからわかんないけど。  だって、あんなにみんなの注目を浴びて、コートの中であんなに輝いて。  ……そんなヤツが、今、俺の目の前にいて、俺だけを見つめているんだ。そんなの、興奮しないわけがない。 「おーい。どうしたヒナ?」  からかうように笑って、イヅルが手を延ばしてくる。前髪に触れて、くしゃっと軽く撫でるように動かして、その手が頬にかかる。 「俺の見事な活躍で今日は全勝しましたー!見てたー?途中、お前んとこ見たんだけど」 「知ってる」 「すぐ目を逸らされましたけどー」 「いや、それはさ、だって……」  俺の左頬を右手で支えるように優しく手を添えるイヅルが笑う。そんなイヅルにかける言葉が、なぜか見つからなくて。  頭に浮かんだ言葉をとりあえず口にする。 「……おめでと」 「何そんだけ?」  くっくっと笑うイヅルの姿。  ……それがやけにまぶしい。  なんかすげー緊張感。  ……イヅルに  触りたい。抱き付きたいし、キスしたい。  お前は俺だけのものなんだって……  印をつけたい。誓いたい。確かめたい。  そう思うと自然と緊張して、いつもの調子がでてこない。  どうすればいいのか、全くわからなくなってしまうんだ。 「ヒナ」 「ん?」  そうしてしばし口ごもると、笑いを止めたイヅルがこちらをじっと見つめていた。  間近に近づくイヅルの顔。整った少しキツめな顔の、その瞳をじっと凝視する。 「……瞳、閉じねぇの?」 「言うなよ」  今、閉じようと思ってたんだよ。  軽く触れる、唇と唇。  触れた部分から、あっとゆうまに全身に伝わる熱。触れ合うだけの軽いキスからお互いの気持ちを押し入れるように、深く舌を絡ませる。  徐々に感情が高まって、俺はイヅルの体に自然と抱きついた。  うすく瞳を開けるとすぐ前にある、瞳を閉じたイヅルの真剣な顔。   それは試合のときには見せない表情だ。  合わせ合う唇から軽く漏れる吐息。  鼻を掠める微かなシャンプーの匂いだって、全部。  ……全部、俺だけしかしらない、俺だけのもの。 「ぷっ。やっぱお前、瞳ぇ開けてんじゃん」  長いキスのあと、イヅルが笑った。  熱に浮かされたような、ぽーっとする頭を必死で叩き起こす。もう何度もキスはしているけれど、まだ、慣れはしない。  だって、カッコよすぎるだろ。  イヅルの新たな一面を見つける度、俺はその都度、恋をする。

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