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all for one⑤☆
◇
ギィギィと音が鳴る、錆びたドアの金具に、しっかりと締まりきらなくて水滴が滴る古びたシャワーのノズル。
窓を締め切ったそこは少しカビくさいけど、毎日のように使用されているおかげで、汚くはなかった。
バレー部専用のシャワー室。もちろん寮にも風呂はついているんだけど、毎日何時間のきつい練習の合間なんかで軽く汗を流す場所として重宝されているらしい。
イヅルに案内されなければこんなところがあることも知らなかったくらい、バレー部以外には認知されていない場所でもある。
「……へぇ。俺、ここ初めて入った。うちの学校にこんなとこあったんだな」
「まあ、バレー部しか使わないしな。しかも鍵はレギュラーしか持ってないんだ。あとは部活があるときしか開けてない」
そう言って片手をあげたイヅルの手から簡単な構造の小さな鍵が揺れている。
「今日は部活までまだ時間あるし、こんな時間は誰も使わねぇし、誰もこない」
「でも万が一開けられそうになったらどうする?」
「うーん……したら見逃してもらう!」
「あはは」
俺たちは笑いながら中に入る。なんでも、ここをそうゆう目的で使う先輩なんかもたまにいるらしくて、実はイヅルも過去に出くわしたことがあったらしい。
カチッと鍵のかかる小さな音。
「さて、やるか」
「他になんか言い方ねぇのかよ…」
あまりに直球な言葉に再び吹き出して、抑えきれない気持ちをぶつけるように抱き合った。
そうしてふと視線が合うと、どちらからともなくキスをした。
予想外に早く終わった体育祭。そのおかげで、部活までの時間にかなり余裕ができたらしい。
けっこうみんな疲れていて、すぐに帰ったり、部活組は時間まで休むやつが多かったけれど、イヅルと俺の考えは一緒だったようだ。
だって今日もこの後は、イヅルは夜まで部活が待ってるわけだし、まだまだ大会は続いているんだから、体育祭が終わったからってイヅルが暇になるわけじゃない。
だから、こんなチャンスは滅多にないんだ。まあ、ちょっとシャワー室ってのがあんまりな気もするけれど、部屋に帰れば隣の部屋にもいるし、いつ誰が訪ねてくるかわからない。かといって、外にでるには時間がなさすぎた。
角度をかえながら、何度もキスをして、そうして、何回も、抱きしめあう。
ずっと、ずっと、こうしたかった………
溢れる気持ちを身体で表すように、いつしか無言でその行為に夢中になる。
壁に背中を預けていると、窓の外から聞こえる誰かの話声。うすい壁だ。少し大きな声をだせば聞こえてしまうんじゃないだろうか。
うっすらとタイルに残った水溜りと、部屋の中全体の湿気のせいな、心なしか、全身がべたついて気持ちが悪かった。
体育祭の後で、誰か使ったんだろうか。壁にもいくらか水滴がついていて、寄りかかった背中にじわじわと不快な感触が広がってくる。
……なのに、ひどく興奮した。
「……なぁ、濡れる」
「もう濡れてるし」
唇が離れると、少しの照れくささを隠すために言った言葉。それをクスクス笑って返される。再び手の届く距離まで近づいたイヅルを両手を延ばして引き寄せる。
「……ほんとだ」
そうして自然と抱き合った。
壁にもたれかかる俺に体重をまかせるイヅル。
背中に腕がまわって、その手が湿ったTシャツをたくし上げてくる。
「あーあ……こんな濡れてちゃ、すぐにでれねぇじゃん」
話しながら両腕をイヅルの頭にまわす。それを引き寄せるのと同時に、俺の腰と頭にまわされた手に力が入って、俺たちは再び笑いながらキスをした。
「、ん……」
何度も離れては重なる唇。
濡れた感触にはい回る舌。
瞳をうっすら開けるとそこにいるのは間違いなくイヅルなんだと実感できる。
嬉しい。
嬉しくて仕方がない。なんて幸せなんだろう。
……イヅルとのキスは魔法のようだ。
そこにから伝わる熱が、感触が、俺の頭の中も体の中も、全てをイヅル一色に染めあげる。
それでもまだ少しだけ、理性が残る。
「外にから、練習する声聞こえんじゃん……あれ、バレー部じゃねえの?自主練?お前は……いいのかよ?」
ほんとはそんなこと言いたいわけじゃないのに……。つい口にした水を差すようなことばを後悔する。そうして首筋にキスを落しはじめたイヅルの頭を抱えた。
「……どーでもいいや。今、ヒナを抱きたいって思うから。んな余裕……ねぇよ」
少し考えた後で呟かれた言葉。
……頭を支える手に、力が入る。
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