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all for one⑧☆
荒い息が狭いシャワールームで微かに響いている。天井から滴る水滴とは別にイヅルの頬を流れる汗。
乱れた息を整えながら、今だにぼーっとする視界の中で俺は軽く湿って前に垂れた、その短髪を撫でるイヅルの仕草をじっと見つめていた。
いつもは、遠くから見つめるだけの姿なのに、今はすぐ手が届く距離にある。
無言でじっと見つめる俺の視線に気付いたイヅルが気づいた。
「なんだよ」
「いや、かっこよすぎるなあって……」
自然と口から滑り落ちた言葉に目の前の男がぶはっと笑う。
「あはは。何がかっこいいんだよ。汗まみれだし、ゼイゼイ言ってんじゃん」
「う、るせえな。かっこよく見えるんだから仕方ねえじゃんよ」
「ほんとにさぁ、ヒナ……可愛いすぎるんだけど」
「お前のが何か言ってんだよ。俺が可愛く見えるとか、おかしいんじゃねえの……」
赤くなる頬を隠すように下を向いて、自分の乱れた衣服を整えようとする。
さっきまでは全く気にもしなかったのに、壁にずっと当たっていた背中は痛いし、尻がヒリヒリする。
「なあ……ちょっと気になるんだけど、切れたりしてなかった?俺、血、苦手なんだけど」
「してない……と、思う」
「と、思うってなんだよ」
「ゆっくりしたし、そんなに奥まで入らなかったし、多分……」
「多分ってなんだよ」
「あーもう~っ!仕方ねえじゃん。まじで初めてするし、やり方とかよくわかんねえし。正直、これで正解なのかよくわかんなかったけど……でも、俺、頑張った、多分。優しくできるようにした、つもり……」
「何だよそれ」
そう言って、だんだん声が小さくなって、最後すごく小声になって恥ずかしそうに横を向いたイヅルは耳まで真っ赤で。
その姿はめちゃくちゃ情けなくて、でもすごく可愛くて……心から愛おしいと思った。
「……」
「……」
二人で真っ赤になって俯いている状況はなんだかとてもむず痒い。どうしていいかわからずしばらく無言でいると、イヅルがふと腰に触れてきた。
「何」
「や、そういえば切れてるかって気にしてたから、大丈夫かなって」
「だから自分じゃわかんないからお前に聞いたんじゃん」
「そっか。じゃあ今見てもいい?」
「は、あ!?ば、バカじゃねえの、お前!」
「だってヒナ一人じゃ見れないじゃん。今なら確認しておけるなって」
「っいい!鏡で見るし!!」
「そっか」
なんだよ。
俺と同じで何言っていいかわからなくなってると思ってたけど、イヅルはそんなこと考えてたんだ。
イヅルのことだから何も考えずにただ心配してくれたんだろう。相変わらずの天然だ。ズレまくってる。
けれど、そんなところすら愛おしくて堪らない。
「イヅル、大好きだよ」
気づいたら口からこぼれ落ちた言葉。
見れば目のまえの顔が驚いた表情を浮かべたイヅルが、すで赤くなっていた頬をさらに赤くした。
俺も多分、負けないくらい真っ赤だ。
「……な、何言ってんだよ!マジ゙調子狂うじゃん!お前、顔真っ赤だって!」
「なっ!バ、バーカ!お前が赤いんだよっ」
照れ隠しに罵声を掛け合って2人で笑いながら、濡れた服のまま扉を開けた。
身体がぐちゃぐちゃ湿った感触は気持ち悪かったけれど、でも、それすら幸せな一時だった。
少し照れ臭い、だけどすごくあったかい空気の中で俺はイヅルと繋がれた喜びをただただ、忘れないようにと胸に焼き付けた。
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