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1対2②
今日だって、イヅルはバレー部全体の雑誌の取材で、部活の前から体育館入りだった。
◇
「ヒナ、ごめん。今日もダメだ」
「そっか」
体育館裏でジャージの袖をまくり、両手にはぁと息を吹き掛けるイヅル。
俺は鞄を後ろ手に、柱に寄り掛かりながら平然を装う。
……別にこんなの慣れてるし、イツモの事だ。
『今日は部活が早く終わるから、一緒に飯でも食おう』
久しぶりにゆっくりイヅルと話せる、会える。
だって今やイヅルは休みの日でも休めないほどの有名人で。日曜日でさえも、なかなか都合が合わなかった。
……なのに
「……別にいいよ。ユウメイジンは大変だな」
すまなそうに謝るイヅルをみると、ついつい言いたくもない嫌味をいってしまうんだ。
しばしの沈黙の後、どうしたらいいのかわからないように視線を泳がせたイヅルがふいに顔をあげる。
「……マジでごめんな」
俺の嫌味に気付いていながらも気がついてないフリをして、何も気に止めていないように、立ちさろうとする後ろ姿に軽く舌打ちをする。
……いらつく
なんでそんなにいいヤツなんだよ。
お前はいつもそうだよな。
体育館内にはいってく背の高いイヅルの影が、夕日に長くのびて見える。
……なんで変わんないんだよ。
俺の前でさえも。どうして言わないんだよ。
いつでも、誰にでも『いい人』なイヅルに、沸き上がるのは苛立ちだった。
……わかんねぇんだよ、お前
俺の前でくらい、もっと怒ったりしろよ。
言いたい言葉は山ほどある。
優しいイヅルは誰に対しても変わらない。
ミーハーに近寄ってくる女子や、街中で話し掛けてくるオバチャン、雑誌の取材員の人、そして……俺。
誰にでも優しくて、イイヤツ。
……以前まではそれが自慢だった。誰に対しても平等なイヅル、特別扱いしないイヅル。
なのに。
誰もいなくなった体育館裏を薄暗くなりはじめた空をみながら、校門へとゆっくり歩きだす。
……今はそれが、腹立たしくて仕方がないんだ。
イヅルを好きになればなるほど、他の人たちに感じる嫉妬がわかる。そのおかげで自分がどんどんイヤな人間になっている気がした。
俺はあまりにも周りからの反響がすごくて焦っていたんだ。
やっと手に入ったアイツが、誰かにとられてしまわないか。
……だから、いつでも不安なんだ。
せめて、俺だけはみんなとちがう、他のやつらとはちがうって、イヅルの口からはっきりと聞かせて欲しい。安心させて欲しい。
……イヅルにとっての特別な存在でありたい……
なんて。
女々しい考えが今の俺の全てを支配している。
「……あーあ」
ピューと冷たい風がふいて、ハッと空から視線をうつす。
周りの賑やかな雰囲気とちがって、なぜか淋しい心の中。
……明日はきっと大丈夫
きっと、イヅルとゆっくり話せる。
自分自身を無理矢理納得させて、明るい夜道を家路へと急いだ。
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