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1対2⑫

 言葉を発そうとして口をあけると、余裕なんてまったくない切羽詰まったような声がでた。 「違うんだ、イヅル。おかしいんだ。なんか……最近変なんだ。仲良くしたり、笑い合ったり、お前が誰かと話しているのを見るだけでも、そんだけでも胸が苦しくなる。 だけど、お前にそんなこと言えなくて……つい……その……正反対のこといっちまったり、とか……」  それまで我慢して、たまっていた感情が爆発したみたいだった。一気に話しだして、そして、はっと気づく。  ……何言ってんだろう。  なんだか一気に目が覚めた。急にどうしようもなく恥ずかしくなった俺は、イヅルから逃げるように体ごとそっぽを向く。  だってこんなの……  イヅルの顔が見えない。  空がちょうどきれいなオレンジ色に染まり、そのきれいな色の影が重なっている。  ーー告白みたいじゃんか  思って、さらに赤くなった。  なんだかこんなところで、こんな格好で。なのに真面目にそんなことを言っている自分が、妙に恥ずかしくて照れくさかったんだ。  しばしの沈黙を先にやぶったのはイヅルだった。 「なんかさ」 「……?」  戸惑うような、困ったような声に俺はゆっくり顔をあげる。夕日を背に受けたイヅルの顔は逆光でよくみえない。  ……けど  その手があわただしく握ったり開いたりしていることや、不自然に瞬きが多いことは、なんとなくわかる。いつものイヅルじゃないみたいだ。 「なんか……照れるな。だって今日のヒナ……」 「……なんだよ」  ゆっくり言葉を区切りながら、イヅルが俺を真正面に見つめなおす。そのまっすぐな瞳と視線が合った。 「今日のヒナ……別人みたいに可愛くて」 「……ば」  照れたようにふいっと顔をそらされて開いた口がふさがらなかった。  じゃあ、いつもはなんなんだとか、そんな減らず口をたたく余裕もなかった。  どこをどうすればこんなでかい女が可愛くみえるのか。 ……いや、それよりなにより、顔が一気に燃え上がるように熱くなった。  予想外のイヅルの言葉に頭がついていかない。どうかえしていいのかわからない。 「……ヒナ、急に女装なんかしてでてくんだもん。正直、対応に困ったし。すぐにでも抱き締めたくなったし……ほんとはみんなの前から隠したかったんだ。番号もさ、実はヒナのひいた番号見えてたんだ。どうやって抜け出そうかって、そればっか考えてたから……」  よくはみえないけど、雰囲気からイヅルが苦笑しているのがわかる。 「……なんだよソレ……」 「かっこ悪いよなぁ……でもさ。2人ですごしたかったんだよ、俺は……最初から」  ……あ。  思い当たる節があってはっと気づく。教室で南と話していた、あの時だ。  あのときのあのイヅルの言葉は、怒りは、間違いなかったんだ。  それに気づくと、体中がなんだか暖かい気持ちでいっぱいになった。    だってここにいるのは一人の普通の高校生で。  かっこよくもないし、余裕なんてない。羨望を、憧れをうけるその姿も……ここでは違う。  ……俺の前では。  俺の前ではイヅルは『普通』に戻るんだ。 「!……ヒナ!ここ外……!」  そう思った途端、どうにもとまらなかった。  イヅルが唯一自分をさらけ出す場所、普通でいられる場所、それが自分の隣だなんて。    いろいろ悩んでたことなんかすべて吹き飛んだ。  ……イヅルが俺をどうおもっているか、十分に感じ取れたから  1対2だとか、イヅルより俺の気持ちが上だとか……  そんなことはもう、どうでもよかった。  ーーただ、俺たちはお互いがお互いを必要だからこうしているんだって、そう思えたんだ。  しばらく抱き締めあったままで、人の気配を感じてようやく体を離した。 ……体が、心が、離れてもなお、熱かった。  ふいにイヅルが口を開く。 「ヒナ、この後時間あったら大地んちに行かない?」 「いいけど、アイツ、この時間はいつもいない……」  そこまでいったあとに気づく。見上げるといたずらっぽく笑う顔。 「俺このまま帰りたくないんだけど、?」 「……」  答えを待つイヅルの顔は笑っている。  わかってて、からかってんだな、こいつ。  俺は何も答えずにイヅルの腕に手を回した。イヅルは少しびっくりしたような顔したけれど、そのままあるき始めた。  少し暗くなった街はより一層、クリスマスカラー一色にうつり、あちこちに飾り付けられたイルミネーションが、光の道のように輝いてみえた。

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