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理想と現実①
……最近、たまに変な夢をみるんだ。
俺は必死で誰かに何かを伝えようとしている。
必死で誰かの名前を呼んでいる。けれど辺りは真っ暗で。大きな声を張り上げても全速力で走っても、行き着く先などなくて。
ただの暗闇の中疲れ果てて目が覚めるんだ。
がばりと布団をはねのけると、まだ辺りは夢の続きのような暗さで。
言いようのない不安が胸の中に渦巻き、嫌な汗が額をつたう。
「……またかよ」
ぐったりと疲れきった体を確認するように両手で抱き締める。どくどくと嫌に早まる鼓動がすべてを現実のものへと引き戻す。
そうゆうときは決まって、イヅルと会った後だった。久々に会えて嬉しくて、幸せだって思って。
こんなに幸せでいいのかなって思えるくらい、気持ちが高揚している、そんな夜に多かった。
昨日もそうだ。
大地の部屋で騒いで、あいつがスカートのままでいいとかふざけたことをいうから抵抗して、でも結局はそのまま抱き合って。借り物なのに皺になってしまった。
明日起きたらすぐにアイロンをかけよう……そんなことを思いながら眠りについたのに。
寝ぼけ眼をこすりながら階段を下りる。
いつもの日常。
「やだー!また事故。助けようとした人も重傷だってよ。」
隣で聞こえるユウの声に思わず箸を止めて、テレビを見る。
映されていたのは、怪我をした人と、助けようとして重傷になった人の写真。それから、彼を英雄のように讃えるレポーターの賛辞と…家族の泣き声。
「なんか複雑だよね。こーゆーの」
「……」
もやもやと胸がざわめく。なんとなく嫌な気持ちになって無言でチャンネルを変えた。
変わってでてきたお笑いタレントに少し気分が和らいだ。
「あ、ナオくんこいつら好きだよねーー!」
「おう」
ユウの問いかけに適当に返答しながらも、頭の中はさっきのニュースが浮かんでいた。
……もし、イヅルがそんなことに巻き込まれたら、俺はどう思うだろうか
なんて物騒な考えなんだと、苦笑せずにはいられない。
でも、なぜか頭から離れなかった
朝からあんな夢を見たからだろうか。もしも、自分の大切な人が事故に巻き込まれたら……
突然いなくなってしまったら……
いったい俺はどうするだろう?
『本人は天国で胸をはっていられるとおもう』
『あの人の分も大切に生きてほしい』
テレビの中のなくなった家族のインタビューを思い出す。
……俺はそんな風に思えるのだろうか?
誰かを助けようとして、自分の命を犠牲にする。
きっとそれはみんなに注目されたいとか、みんなから尊敬のまなざしを浴びたいとか、そんな思いでした行動ではなくて。
ただ、必死になって本能のままに動いた衝動の結果なだけであって。
……存在しなくなってからのヒーローになんて、だれもがなりたくないんだ。
わかっているのに、こんなニュースを見ると願わずにはいられない。
どんなにかっこ悪い姿でもいい。たとえ、ソレがみんなから非難を浴びる行動でもかまわない。
……だから
どんなかたちでもいいから……そのままでいてほしい、と。
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