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理想と現実③
昼休みになって、俺はイヅルと屋上にいた。外を吹く風は少し寒いけど、それに勝るほど魅力的な天気の良さだった。冬の冷え切ったコンクリートの冷たさもいつもに比べてひかえめでちょうどよかった。
俺たちのほかには数人がパラパラといる程度で、フェンスによりかかり、売店で購入したパンの封を勢いよくあける。
「そういや南はどうした?」
「あー……、なんか今日は佐々木たちと食堂行くっつってた」
「ふーん。なんかヒナ、今日元気なくね?」
「別に……んなことねぇって。あーいい天気だよなぁ」
好みの焼きそばパンを食いながらイヅルが口を開く。
快晴の青空とは正反対に、どんよりした気持ちの俺は、イヅルに気付かれないように言葉を濁す。
言いたくないならいいかとでもいわんばかりにイヅルが軽く息をつく。それを感じながら俺も昼飯に手をつける。
井上の夢占い、だなんて。信じる気はまったくなかったのに。
気が重いのはその結果を聞いてしまったからだ。
相談なんてするんじゃなかったっていまさら後悔したって遅すぎる。
ちらほらと弁当を食い終わった奴らが屋上からでていく。それを横目でみながら、覚悟を決めて、食べ終わったパンの包みをクシャリと潰した。
「今日さ」
「ん?」
パンを食い終わって校庭でサッカーらしきことをしている数人のヤツラを見つめていたイヅルが、どうした?という顔でこちらを振り向く。
「……井上に言われたんだけど」
◇
「っはは!」
「な、なんで笑うんだよ!」
屋上で笑うイヅルの声が回りに響く。
もうじき昼休みも終わる時間になっていて、俺たちの周りにはもう誰も残っていなかった。
こっそり今日の井上の話をイヅルに伝えるとなぜか大笑いされた。
「なんだよヒナ、そんなん信じるワケ?」
「だってよー……武田だって……」
「あー。木下に吉岡に武田だろ?みんなだまされそうなタイプじゃん……あと南とか」
「そうか?そうか……、うん。そうだよな」
なんにも気にするなとばかりに笑うイヅル。
井上の話自体は別にどうってことなかったんだ。それ自体を信じるつもりはないし、気にしてるってわけでもない。
ただ、ずっと気にしないできた、考えようとしなかった所をズバリとつかれてしまった。
『そういえば裕子も同じような夢みたっていってたよ?彼氏と別れる数週間前まで、ずっと見てたんだって。やっぱり不安なこととかあると、夢にまででてくるんだってその時は思ったんだけどね?
何か気にしていることとか、不安なことがあるんじゃないの?』
「そんなの気にすることねぇよ。たんなる夢だろ?」
「そうだよな……」
励ますように俺に笑いかけるイヅルの顔。
なんだろう。多分、イヅルは本心から言っているし、ほんとに何も気にしてないんだろう。
なのに、呟かれた言葉がまるで自分に言い聞かせているように聞こえてしまうんだ。
『別れ』とか……そんな未来を連想する言葉なんて、考えたコトもなかったのに。
「あいつらの話はあいつらのコト。俺たちとはまた別だろ?関係ないよ」
「そ、だよな」
何も気にしてないように宥めるイヅルの言葉もあまり効果はなかった。なにを言われても駄目だ。
イヅルのどんな言葉も、本当に?本当にそう思っているのか?と妙に疑ってしまって。
だから俺の気分はどんより重いまま。
「もどろーぜ、ヒナ。そろそろ始まる」
今は何を言っても無駄だと思ったのか、ゴミを片付けたイヅルが階段へと向かって歩き出す。
俺は快晴の青空をなんだか羨ましく思いながら、屋上のドアをしめた。
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