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理想と現実④

 あまり考えないようにしていたことに、不意をつかれたようだった。  いや、気がつこうとしなかっただけで、はじめからわかりきっていた事なんだ。  それはなんでいきているのか、とか、なんで死ぬのか、とかそんな哲学的なもので、当たり前のことなんだ。だから、そんな事を考えてもどうにもならないのだけれど。  誰もが違う人間で。  どんなに一緒にいてもけして同じものではなくて、一つにはなれなくて。  だから、始まりがあれば必ず終わりかある。  望んでもけして叶わない。  いつまでも拭い切れない。  それが心の隙間を埋める不安の材料だということを。 「イヅル、今日寮に寄ってていいか?」  帰りがけに部活へ向かうイヅルへと声をかける。  イヅルは俺の様子がやっぱりおかしいとでもわかっていたのか、なんだか全てを見透かしてるみたいに、軽く笑った。  イヅルの部活中に勝手に寮の部屋に入り込み、見知ったゲーム器をひっぱりだし、何も考えずコンピュータと対戦を繰り返す。  散々いろんなゲームをひっぱりだしてみたけれど、今日は見事にことごとく敗戦した。 「あー……なんかつまんねーな」  ボソッと呟いて、後ろに倒れるように床に大の字になる。そうしてしばし目をつむっていると、唇に柔らかい感触。 「隙あり」 「あ、おかえり」  そっと目を開けると子供みたいに笑うイヅルの姿が逆さまに見えた。愛しい、と心底思う。  それから再び二人でゲームをしまくった。暴れてじゃれあって。しばらくしてから、イヅルの腕の中で一息ついた。 「……」  俺たちは互いに無言になった。息を整えるうちに、昼間の出来事が思い出される。  ……なにか言わなきゃ  口にしなきゃ  その沈黙が重苦しいものに変わる前になんとかしたいのに。  うまく繕えない。  言葉がでない。  そうしているうちに数分が過ぎた。    なぜかイヅルも無言のままで、微妙な空気が流れはじめる。二人分の静かな呼吸の音だけがやけに耳に響く。  俺は自分の手のひらを握ったり開いたり、それを見ながら口を開いた。 「なぁ……イヅル」 「なんだよ」  沈黙が破られるのを待っていたかのように、イヅルが言葉を返す。  カチカチとひびく時計の針の音が、心臓の鼓動と重なって、それに少しだけ安心した。 「俺たちっていつまでこうしていられんのかな」 「……」  今まで考えもしなかった。否、考えようとしなかったこと。でも、考え出した以上、気になって仕方なかった。  もしもイヅルと離れる時がきたら  離れなければならないなら……なんて。  いつも不安になる要因。  今はいいけど、来年は?再来年は?  進学したら?社会人になったら?  いや、それよりも前にどうなるかなんてわからない。そんなことはわかっているんだけれど。  俺は腕をまわしてイヅルに抱きついた。  ぎゅっと指先に力をいれて簡単に離れないように。イヅルも同じように両腕をまわしてくれる。  きつく抱きしめられて、少し苦しい。でも、今はそのほうが安心した。 「いてーよ」 「……」  イヅルの肩口に顔を埋めて、ぼそりと呟いた言葉は無言に掻き消されて。そのまま再び沈黙がおとずれた。  こうしていると、このままこの腕の中にいれるなら、どうなってもいい、なんて本気で思う。  ……願うなら  イヅルといつまでも一緒にいられたら、同じ道のりを歩んでいけたら……なんて。  淡い期待が胸を締め付ける。  ぎゅっとイヅルの背中を抱く手に力が入る。それに気付いたイヅルに離さないとばかりにさらに強く抱きしめられて。  呼吸が苦しい  胸が…潰される。  圧迫感にじゃなくて。  ……どうにもならない思いに。  どんなに一緒にいたいと願ってもそれが容易じゃないことだってわかってる。  理想と現実  俺たちが思い描く未来より、どんなに辛く悲しいことが待っているかもしれない。  ……でも 「……いてーって」 「ヒナも痛いくらい強くしろよ」  もう一度呟いた非難の声にようやく返答がかえってくる。  顔をあげて重なる視線。  思いが篭ったような熱い視線を感じて、再びキスをねだってみる。  ……結局答えなんて探せないし、どうなるかなんてわからない。  ただ、俺は…… 「イテテテッ!マジ力強えー」 「お前が強くしろっつったんじゃん。……なぁイヅル」 「ん?」  再度唇を重ねて、伝える思い。  ……オマエガスキダ……  それでもイヅルと一緒にいたいと思った。

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