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出会いと別れ③

「イヅルからさ、よく聞いてたんだ。『ヒナがヒナが……』って。だからどんなカワイイ彼女かと思えば男だってゆうしなー。いつもうれしそうに話すから勘違いしてたよ。だけど、イヅルがそんなふうに言うんだから良いやつなんだろうなって気になってたんだ」 「そ、そっか」  そいつは小さな机から乗り出して話しだし、途中でそのときのことを思い出したのか笑っている。  ……デカイな。もしかしたらイヅルと同じくらいの身長かもしれない。  そんなことを考えながらも正直焦った。タキのいっていることはあながち外れてはいないから。  イヅルが俺の事をそんな風に他のヤツに話してたなんて、全然知らなかった。  ほっとしたような、うれしい気持ちの半面、なにか変に思われてはいないかとドキドキする。 「た、タキ…って、苗字?」  早くこの話題を変えたくて、焦りすぎた。つい、どうでもいいことを聞いてみる。  一瞬、きょとんとした顔をしたタキが次の瞬間また吹き出すように笑い出した。 「あははは!……ヒナっておもしれぇのな」 「は?」  俺、なんかおもしれぇ事言ったか?  教室にはちらほらと新しくクラスメートとなるであろうヤツラが集まり始めている。  そんな中、ふっと笑いを止めたタキが机に突っ伏して、顔だけこちらを向けて言った。 「名簿順なのに、日向の後がタ行なワケねぇじゃん」 「え、あ、ああ……そっか」  ……言われてみたらそのとおりだ。  あははと爽やかに笑う顔。  でもそんなたいしたことじゃないのに。そんなに笑われるとなんだか恥ずかしくなってくるじゃないか。 「……別にたいした間違いじゃないじゃんよ」  照れ隠しのようにぼそっと呟くと、ぴたりと笑いをとめたタキと視線が合った。 「名前まだだったよな?俺、本郷多岐。よろしくなヒナ」  再び笑った顔をみてなんだか焦った。 一年前。教室でのあの光景がよみがえる。 「あ……お、おう」  平然を装って挨拶をしても、なぜか不自然に鼓動が速まった。とりとめのない言葉をかわしてから、正面を向き直して座る。  なのに、 まだ背後からの視線が気になって仕方がない。 『よろしくな、ヒナ』  ……その笑顔が少しだけイヅルと重なったから。  同じような背格好だから?  同じバレー部だから?  ……いや、違う。  顔なんて全然似てないのに。  雰囲気も全然違うのに、外見的なことじゃない。  言葉の捕らえ方……感じ方がイヅルのそれとよく似ている気がする。 「あ」  そういえば。  教室にはいったときなんだか見たことがあるとおもったのはバレー部のヤツだったからなんだ。  イヅルの周りにいるヤツラは自然と視界に入ってくるから。  はじめまして、じゃないのかともう一度振り返って聞こうとしたけど、同時に話しかけようとしていたらしいタキのタイミングのほうが一歩早かった。 「前に……「そういえばさー!クリスマスんとき南たちと集まったとこに俺もいたんだよ。ゲームだけして帰ったんだけどさ」  思い出したかのように早口で言われて、口を開いたままでとまってしまった。  そうだったんだ。  そう言われてみればいたようないないような……  答えに詰まる俺をみて、タキがおかしそうに笑う。 「覚えてねぇ?まぁ、そーだよな。俺途中からいなかったし、人いっぱいいたし。それに……」 「それに?」  タキは意味深に一息おいて、変わらない笑みのまま言葉をつなげる。 「ヒナはイヅルのそばにしかいなかったしな」 「……」  言われた言葉に再びドキンと心臓が脈打った。  コレは……確信犯なのか、天然なのか。それとも全く深い意味はないのか。  裏のない笑いの裏が、読めない。……わからない。    何か言わなきゃ……  一瞬のうちにフル回転な頭の中。考えれば考えるほど、自然な言葉がうかばない。  焦りに手に汗がにじんでくる。もう何でもいいから口にしようと思ったそのとき、タキがおかしそうに笑い出した。  よく笑うやつだ。いったい何がそんなに面白いのか。 「……なんだよ」 「なんでもないよ……なんか日向ってさ……」 「?……なんだよ?」  そこで俺の顔を一回みて、そうしてまた笑い出す。 「なんだってば!人の顔みて笑うって」 「いやごめん、ごめん!……素直だなーっとおもってさ」 「……は?素直って?」 「なんでもない。俺ってよく笑うって言われてるからさ。気にしないで」 「はぁ……」  あははと気持ちよく笑ったタキが、机の上に頬杖をつきながら俺を見る。 「改めて。これから一年、よろしくな、ヒナ」 「お、おう」  タキと話していると俺のペースは乱れっぱなしだ。なんだかやっぱりイヅルと被るし。  それに……時折ヒナって呼ぶの、やめてくれないかな。  クラス内はもうみんな集まっていて、いつの間にか鳴っていたらしいチャイムに担任教師が現れた。  HRはじめという声に前を向く。  なぜだか、後ろからの視線が気になって仕方なかった。

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