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揺れる思い⑤

 急に後ろから抱き締められた。  友達通しがふざけてやるような、そんな感じじゃない。グッと腕に力をこめられて。後ろにたおれそうな身体の体重はすべてタキに預けたままだ。  タキの心臓の音が、背中越しに聞こえてくる。 「た、タキ……?」 「ヒナ、さっきの続き」 「え……?」  後ろを振り向けない。  腕を振り解けない。  耳の、すぐ後ろでタキの声がする。 「さっきのって……なに……」  こんなことを聞きたいんじゃない。  今のこの状況をなんとかしなきゃいけないのが一番なはずなのに…… 「ヒナ、イヅルと付き合ってるんだろ?知ってるよ、俺」 「な、なん……」 「なんで?見てたらわかるし。だって俺、ヒナのこと気になるって、最初に言っただろ?」 「え……」  ドキドキと心臓の音が聞こえてくる。  ……夢か?夢なのか、コレは?  思ったより驚きはなかった。心臓が煩いのはこの状況に気が高ぶっているからで。  俺はイヅルと付き合っているのに。  イヅルのことが好きで堪らないのに。  なのに…… 「ヒナのこと好きなんだ」 「…………」  ギュウっとタキの腕が強くなった。  でも、そんな振りほどけないような力づくではない。  どこをどうされているわけでもない。ただ抱き締められているだけ。  腕の中に包まれているだけなのに。  嫌なら、逃げ出そうとおもうのなら、いつでもそうできたはずなのに……  なのに……俺はそれを選ばなかった。  タキの腕にそっと触れる。  背中から伝わってくるタキの鼓動を心地よく感じていた。  ……こうなることを少しだけ期待していた自分が本気で嫌になる。 「ヒナ。イヅルのコトが好きなの?」 「え……」  ストレートに、タキがとどめの言葉を口にした。  なんていったらいいのか分からない。  どう答えていいのかわからない。  言葉に詰まる。イヅルが好きじゃないとか、そうじゃない。そんな問題じゃなくて。 「なぁ……どうなの?」 「俺は……」  ドキドキと心臓の音が高鳴って聞こえている。  背後から重なるタキの鼓動もバクバクと早く脈打っているのがわかる。  ……タキも緊張してる  わかって少し嬉しいなんて感じてしまう。  こんな俺はイヅルの事が好きだと、胸を張って言えるのだろうか?  ザワザワと俺の心の中のように強い風が吹いて。  寒さにビクリとなる俺を離さないとばかりにタキが腕を組みなおす。 ……暖かい。 思わず、その腕に両手を重ねてしまいたくなる安堵感。 『イヅルが好きだ』  言ってしまったら、タキはそばにはいてくれない。  このぬくもりはまたなくなって。  イヅルのいない寂しい毎日が繰り返される。  ……そう思うと、どうしたらいいのかわからなかった。  しばし、抱き締められたまま沈黙が続いた。  混乱する頭の中。  こんな状況になったからじゃなくて。  どうすればこの甘ったるいときを手放さずに入られるか……それを懸命に考えているからだなんて  ーーイヅルが好き  でも、タキの暖かさを手放したくない。  離したくない。  いったいなんてことを考えているんだ、俺は。  どうしようもないバカだ。  今まで気づかないフリをしてきたのか?  ……ずっと……ずっと  タキの言葉に、仕草に、行動に。  わかってて、ずっと……  ずっと……俺はそれに甘えてきたんだろうか? 「ヒナ」 「…………」  沈黙のまま、タキが俺の胸の前で組んでいた手を離す。でもまだ俺はタキの胸の中で。  もう少し……あと少しだけ。  ……このままでいたい。 「俺、タキのこと……」  口を開こうとした瞬間、フラッシュバックした光景があった。 「――――……っ」 「ヒナ……?」  『好きかもしれない』  そう告げようした。  いや……告げたかった  そうして、このまま全部なかったことにして、タキと付き合いたかった。  そうしたらどんなに楽だろう?  そばにいてくれる、俺を好きだといってくれる優しい存在。  でも…… 「タキのこと……友達……だと思ってるから……」 「……」  頭に響いたのはイヅルの声。  フラッシュバックしたのはあの日の光景。  あの日……イヅルと初めて気持ちが通じ合った日。  夏祭り…浴衣や甚平を着た人たち。お面をつけて綿あめをもった子供たち。  点々と連なる明かりに、神社の大きな大木。  響き渡る太鼓の音……それにも勝る、俺とイヅルの心臓の鼓動。 『好きだ』  何も言わなくても伝わった。  通じ合ったあの日。  ……夜空に大きく光る満月を見て願った思い。 『この幸せが、この時間が、ずっと続きますように』

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