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揺れる思い⑥

「だから……」 「そっか。まあ、そうだよな……」  ぱっとタキが俺の後ろから離れた。  そうしてそのまま、背後で大きくため息が聞こえたあと、いつもの声がした。 「……そうだよな。わかってるんだ、うん。ヒナが……イヅルのことすっごく好きなのとか。俺、けっこう見てたし」 「タキ……」  咄嗟に振り向こうとした。  でも、振り向けない。 「……振り向かないで」 「……」  後ろから、肩を抑えられていたから。  いつもと違うタキの声。  少し低い、暗めの声に、俺はどうしたらいいのかわからない。 「俺……マジで知ってたよ、2人のこと。イヅルがさ、ヒナヒナって良く言ってたから、最初はほんとどんなヤツなんだろ?って思ってみてたのがきっかけだったんだ」 「…………」  後ろからタキの軽く笑った声が聞こえた。 「ほんと、最初はそんなきっかけ。……イヅルがそんな顔して話す彼女はどんな女の子だって。あいつって、いつもはそんなこと顔や態度にだすタイプじゃないからさ。バレーにストイックつーか。だからまじでさ、ビックリしたんだ。女子のことじゃない、お前のこと話してるんだってわかったときは。付き合ってるなんてことは、最初は……気づかなかったけど。気になってずっとお前ら2人を見てたら、すぐにわかった。 イヅルがいつも試合中にドコを見てるのかとか……ヒナがどうしていっつも寂しそうなのかとか……、いろいろ」  息継ぎもしないで、唇から滑り落ちる言葉。それはどんどん小さくなって……早口で、聞き取りづらい。 「タキ……」 「だからな!俺……お前ら見てて思ったんだよ。お前ってほんとはすげぇ明るくて楽しい奴なのに、最近全然楽しくなさそうで……ヒナがすげー寂しそうなのはイヅルのせいだって。 アイツがもっとお前のことも考えてやればいいのにって思っちゃってさ……ソレで……」  そこで少し続いた沈黙。 「……俺ならヒナに寂しい思いなんてさせないのにって思ったんだ」  ザワザワと大きく風が吹いて、周りに生えている草や木が揺れている。道端の紙くずが遥か先に見えなくなっていく。  吹き付ける冷たい風に、思わずもう一度タキの腕を引き寄せたくなった。 『俺ならヒナに寂しい思いなんかさせない』  ……こんなに正面からまっすぐな気持ちを伝えられたことが今まであったんだろうか。  タキの手の感触が、肩に重なり合った部分だけが……熱い。 「……ごめん」 「……っ」  呟いて、タキが肩から手を離してそのまま数歩後ろへ下がった。  離れたその部分が寒い。  寒い。  寒い。  ………………寂しい 「タ……「……イヅルはさ」  言葉が重なった。  振り向いた俺と、俯いたタキと。  お互いの言葉が重なって、目があって、軽く笑うタキの姿が目に入る。 「イヅルはすっげーいい奴だよ。しってるんだ、そんなこと。ほんとはこんなこと言うつもりなかったし、どうしたいとか考えてないから……だから、ヒナ、気にしなくていいからな!」 「……」  言い終わって、タキが顔をあげる。そこにあるのは、変わらないいつもの笑顔だ。 「ヒナのこと、好きだって思ってるやつが、ヒナに幸せになってもらいたいって応援してる奴がこんな近くにもいるんだって……そう思ってくれてればいいよ……ごめんな、困らせたりして」  俺は無言で首を振った。  するとタキはにこりと笑って。その顔を見たら、何故だか泣きたくなった。  違う。  違うんだ、タキ。  そのまま「行くか」と小さく呟いて、静かにタキが先を歩き出した。俺はその後を何も言えずについていく。  ……お前の感情を利用してたのは俺なんだ  知ってて……なんとなく、本当は気づいてて……甘えてたんだ。  謝るのは俺のほうなのに……  それから俺たちはずっと無言で歩いた。  くねくねとカーブを重ねた小道はどこまでも続いているように見えた。  俺はタキのすぐ後ろ歩く。そうして、背後からタキの姿をまじまじと眺めた。  ……こんなに背が高かったけ?  スラリとした長身に、少しやる気のなさそうな靴の履き方やカバンの持ち方。  体型はかなり細く見えるけど、実際はけっこうしっかりとした筋肉がついている。  今まではイヅルに似てる……としか思っていなかった。それしか判断基準がなかった。  確かにタキはイヅルに似ているかもしれない。  でも……ちがうやっぱりちがうんだ。  タキはイヅルじゃない。  イヅルじゃない……けど……  そんなことを考えていたら、大通りにでる前でタキがぐるりと振り返った。  俺は飛び跳ねるほど驚いて、ついいつもの調子で文句を言った。 「な、なんだよ!びっくりするじゃん!」 「はは!ヒナ……良かった。いつも感じにもどってくれて」  優しい笑顔が眩しい。  タキはイヅルじゃないのに……  イヅルに似ているからだけの感情。  イヅルを重ねてみていただけのはずなのに。 「今日はほんとゴメン!今日のことは忘れてくれていいから!またさ、明日からよろしくな、ヒナ!」 「え、ちょ、タキ……」  イヅルじゃないって……そう、おもったのに……  言うだけ言ったタキが一呼吸して、顔を上げてから真面目な顔で俺を見る。 「ごめん。今日はここで帰るな、俺。明日んなったらいつも通りいくから」 「……」  タキはタキだってわかったのに……  ……どうしてこんなに、眩しいのだろう?

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