93 / 120
こころの歪み①
いつもの日常。いつもの時間。
俺はいつも通りに席に着く。
後ろの席のタキはまだ朝練の最中だろう。
あのあと……タキとわかれた後、どの道をとおって、どうやって家についたのか。そんなことすら覚えていない。
カバンを開いて、ノートを引き出しにしまいこむ。そのままぼーっと頬杖をついて、教室にはいってくるクラスメートの姿をじっと見つめていた。
……昨日はイヅルと会わなかった。
電話もメールもなかった。もともとそんなにマメなヤツじゃないんだ。俺から連絡しなければイヅルから連絡することなんか、めったにない。
きっと部活が忙しかったのだろう。
きっと、いつでも会えるから。
1日くらい連絡しなくても大丈夫だって。
……その通りだ。
たった1日。
1日の話だ。
それだけ連絡がなくたって、すぐ会えるんだから。そう思うのが普通だ。
当たり前なんだよ。イヅルはいつもとかわりないし、何もおかしいことでもない。
ただ……
昨日は、イヅルと話がしたかった。
自分勝手な言い分でしかない。それなら自分から連絡すればよかったのかもしれない。
でも、自分からしたくはなかった。
……そうじゃなくて。
そうゆうことじゃなくて。
俺は、イヅルから連絡が欲しかった。
イヅルから、「どうしてる?」って
ただそれだけでもいいから、イヅルの声が聞きたかった。
俺のことを少しでも気にかけてくれていると感じたかったんだ。
「ヒナ!おはよう」
「!」
……ビックリした。
教室の入り口で立ち止まって、まだ時間はたっぷりあったはずなのに、気づいたらもうHR開始1分前で。
目の前にタキがいた。
「あ、タキ……おはよう」
「あはは!なんだよ、ヒナ。まだ寝ぼけてんのかよ?」
「ち、ちげーよ!ちゃんと起きてるわ、アホ!」
横の通路を通り抜けて、俺の後ろの席に着く。
その際に、すごく自然にタキの手が俺の髪に触れて。軽くクシャリと撫でるようにしてから自分の席に着いた。
……ドキリとした。
今まで以上に、おかしいくらい。
髪を触られるのは嫌いだ。
なのに……タキになら、嫌じゃなかった。
「ウソつけ。だってお前、まだボケっとしてんじゃん」
なにもいえないまま振り向くと、タキの笑顔があった。
……眩しい
「ボケっとしてなんかねぇよ!まだ眠ぃだけだ」
「はは。やっぱ眠ぃんじゃん!」
「そりゃ……朝っぱらから身体動かしてるお前ら運動部とはチガウっつーの」
「あはははは」
タキの笑い声。いつもの表情。
……自然だった
すごく自然な会話。なんにもおかしいところなんてない。どこも変なところなんてない。
もう一度タキを見ると、ちょうど始業開始のベルが鳴る。
一度カバンの中のものを引き出しにしまいこんで、そうして視線に気づいたタキと目があった。
……頬にあたる冷たい風
肩に押し付けられた感触が思い出される。
『ヒナのこと好きなんだ』
「……ッ」
「ヒナ?」
……おかしいのは俺の頭の中だけだ
どうしたんだ?
どうしてしまったんだ、俺は……
授業が始まる。HRのチャイムが鳴って、担任教師が入ってくる。
「朝礼ーー」
静かに静まる教室。最初にプリントが配られた。なんでも冬休みの注意事項だのが書かれているらしい。小学生じゃないっつーの。そんなことを思いながら後ろのタキにプリントを回す。
頬杖をついたやる気のなさそうな顔が……目が合って、笑った。
「……」
ぱっと前を向きなおした。
バクバクと心臓が煩いくらい高鳴っていた。
「よーし。プリントみんなにまわったかー?じゃー説明するぞー」
それからの長い担任の説明が続いている間、俺は後ろからの視線が気になって仕方なかった。
優しい、包み込むような……暖かい眼差し。
ーー気にするな
タキは俺のことなんか見ちゃいない。
意識するからいけないんだ。
そうだ。気にすることはないんだ。
黒板を見つめながらずっと、頭の中では違うことを考えていた。
こんなことが前にもあった気がした。
……あれはなんのときだったのか。
そんなことすら、もう……思い出せない。
ともだちにシェアしよう!