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こころの歪み②
◇
「日向ーー。昼飯いこーぜー」
「あ、おう」
昼休み、隣のクラスから顔を出してきたのは南で。
一緒に飯を食うのなんて久しぶりだ。最近はタキや、その仲間の連中と一緒にいることが多くなっていたから。南の顔を見て、懐かしいとすら感じる。
まだたったの1ヶ月なのに。
「いやー、なんか久しぶりだよなー。やっぱりクラス離れると会う機会が減るよなー!」
「そうだなー……南、イヅルは?」
「くるよ。さっきパン買ってくるって売店行ってた」
「そっか」
何気ない話をしながら中庭へと向かう。屋上はこの季節、吹きつける風が寒い。途中、よくイヅルと二人で休み時間過ごした渡り廊下を通る。
……思い出す、1年前を。
くだらない話して、そのままサボって。
公園にいってただ何もせずに寝転がったり、コンビニでひたすら雑誌を立ち読みしたり、ゲーセンでどっちが多くぬいぐるみとれるか競争したり。
イヅルとここから抜け出して、俺たちはいろんなことをした。
「うわ……思ったより寒ぃな……」
南の言葉に無言で頷いて、近くにあったベンチへ坐る。
……なんでだろう
秋の風が予想以上に冷たかったからだろうか。
イヅルとのことが、遠い昔の思い出のように感じられて。
「あ、イヅル!!コッチ!!」
「イヅル」
……よくわからないけど無性に寂しくなった。
パンの袋を数個を抱えて、パックのコーヒー牛乳を飲む姿。曇り空。冷たい風が吹く中で。アイツの周りにはあったかい風が吹いているような優しい笑顔で。
ズキンとした。……胸の奥が誰も見ていなかったら
今にも泣きたい気分だった。
「おー南……て、ヒナ!あれ、どうした?はは、なんか久しぶりだなー」
「…………」
近くまできたイヅルは能天気にそんなことを言う。
……よく言うぜ
久しぶりにしてるのはお前だろ、イヅル。
メールも電話も全部俺からじゃないとしてこねぇくせに。
「どうした、日向」
「ヒナ?」
「別になんでもねぇよ。ここ思ったより寒ぃし、早く食おうぜ」
キョトンとしたような顔を南がして。
なんだかよくわからないという顔をしたイヅルが隣に坐った。
……ダメだ、俺
なんだかオカシイ。昨日から変だ。
タキだったら、こうゆうとき、俺の気持ちを分かってくれるんだろうか……とか
タキだったら、こうしてくれるんじゃないか…
タキだったら
タキだったら……?
そんな意味のないことばかりを考えてしまう。
そうしてイヅルに勝手に腹をたてている自分がいる。
隣でパンを食べ始めたイヅルの顔をみる。その俺の視線に気づいて、イヅルが「どうしたんだよ?」と小さく呟いて、優しく笑う。
泣きたくなる。たったそれだけで。
持ってきた弁当に箸をつける気にもならなかった。
「……イヅル」
「ん?」
ダメだ。……こんなに好きなのに
「それ、食ったら……ちょっといいか?」
ダメだ…
「?」
『変なヒナ』
小さく呟いて笑いながらパンをかけこんだイヅルを見て、どうにも耐えられず視線を外した。
俺………
俺は……………
俺は一体どうしたいんだろう
隣でパンを食うイヅルをただぼーと見つめる。
何気ない日常会話を話し続ける南に相槌をうつその顔が、俺の視線に気づく。
瞬間、ぱっと視線を逸らす。
「ヒナ?」
「おい!日向聞いてんのかよ!」
「あ、わりぃ。なんか寒いせぇか頭痛くて……」
俯いたまま愛想笑い。
……どうすんだよ、たったこんなんで
この先どうしていくんだよ。
隣からの視線が……痛い
早く言わなきゃ。振り向いて、『大丈夫だ』って。なんでもないって安心させなきゃ。
……きっとイヅルは変だと思っているはずだ
だって俺、一度もイヅルを真正面から見ていない。
「ヒナ。食い終わった……ちょっと行くか。わりぃ、南。ヒナと話あるから先かえってて」
「ん、ああ」
いつの間にかパンを食い終わっていたイヅルに腕を掴まれた。それはなんでもない、自然な成り行きだったんだけど。
掴まれた瞬間、びくりと大きく身体が震えた。
「……」
無言のイヅルの視線が……イタイ
そのままイヅルについていくがままに入ったのは、あの体育館裏の今は使われてはいない部室だった。
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