95 / 120

こころの歪み③

 パタンと扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。  だいぶ使われていないその場所はなんだかほこりっぽくて、でも……懐かしかった。  この場所は俺とイヅルの始まりの場所。  ここでイヅルの俺に対しての気持ちを知って、それからイヅルを意識し始めるようになって、そうして……イヅルに告白した。  そのときはまだ通じなかったけれど。  ……そこからすべてが始まったんだ 「……こうやってヒナと二人になるのって久しぶりだよな。最近ずっと部活忙しかったし。クラス離れると全然会わないよな」 「そうだな」  しばしの何気ない自然な会話の後。  狭い部室にポツンとおかれているイスにイヅルが腰を下ろした。俺もそれに続いて隣に坐る。 「…………」  そうして沈黙。なんとなく話しがしにくい空気が流れている。  さっきのアレがいけなかったのかもしれない。  イヅルに触れられた瞬間、大きく身体が反応した。あれじゃまるで……拒絶しているようだ。  そんなことを考えていたら、がたんと大きな音がした。隣のイヅルが足を組み替えた音だった。それにすら、俺はビクリと一瞬反応してしまった。 「……ヒナ。なんか変じゃない?どうしてそんな怯えてるみたいなん?」 「や、別に怯えてなんか……」  イヅルの困惑したような、迷った声が聞こえる。  別に怯えているんじゃない。  いや……俺は怯えているのか?  チラリと隣をみようとしたけどやっぱり見れない。  イヅルがどんな顔をしているのか気になる。  どう思ってるのか気になる。  ーー俺は……怖いんだ、お前が  お前の反応が怖い。  お前の言葉が怖い。  お前が……怖い。  好きだから。  好きで好きで仕方ないから。  頭の中で本当の答えをイヅルに返した。声にだすことなんてできない。そんな勇気、今はどこにもない。 「ごめんな。あんまり会えなくて」 「……別にいいよ」  休み時間だっていい。  朝の少しの間でも、放課後のわずかな時間でも。1分でも、2分でも。  俺に会いたいって思えば、作れない時間じゃないだろう?  イヅルが口を開けばひらくほど、それがただの言い訳にしか聞こえなくて。不満だけがつのるばかりで。 「電話とかも部活終わってからだとおそくなっちゃってさ。きっと寝てるかと思ってできなかった」 「…………うん」  そうじゃねぇよ、イヅル。  俺が寝てるとか寝てないとか、そんなんどうでもいいんだよ。  寝てたっていいんだよ。起こせばいいだろ。俺のことなんか気にせずに。  イヅルが俺を気遣って、俺を思ってそうしないでいてくれていたのはわかってる。それはもちろん嬉しい。  だけど…………違う。そうじゃないんだ。  暴走しだした感情はとまらない。  お前はどうなんだ。  俺が、俺がって……  相手のことを考えられなくなるくらい余裕がなくなることが……お前にはなかったのかよ?  イヅルに会いたくて。我慢できないくらい会いたくて。一言でもいいから声が聞きたくて……。 「ヒナ?」 「……」  ……お前は何もわかっていない  イヅルの声を聞いただけで涙がでそうだった。  言いたいことがありすぎて、どうにかなりそうだ。でも、口にすることはできなかった。  俺はイヅルが好きで。  好きで好きで、たまらなく大好きで。  ……だからどうしても耐えられないんだ  どうしても、イヅルと俺の『好き』の重さに、大きな差があるような気がして……それが大きな不安への要素となる。  わかってる。でも……  どうしてお前はそうなんだ。  いつも何事もなかったみたいに笑っているんだよ。楽しそうにしてるんだよ。    いつもいつもいつも。  たまには感情のすべてを見せてほしい。  俺にだけでいいから、ぶつけてほしいんだ。  そうでないと…… 「イヅル」 「?ヒナ。なんか、今日変……」  自分の頭の中だけでいいたいことを言いまくって、考えて、まとまった答えに結論をつけて。意を決して顔を上げた。 「……なんか疲れた」 「え?それってどうゆう……」  顔をあげると、何を言っているのかわからないとでもいうような、キョトンとしたイヅルの顔。  ……わかんねぇのかよ。悟れよ、バカ。  言いにくい……でも、重い口をゆっくり開く。 「……言葉の通りだ。なんか……疲れたんだ。お前を待ってることに」 「は?待ってるって……?いつ?どうゆうこと?待って、ヒナ……意味がわからない」  イヅルの困惑した瞳がちらりと見える。 俺は咄嗟にまた俯いて、膝の上で握った手を見つめながら言葉を繋げる。 「……待てない」 「ヒナ」 「十分なんだよ。なんか俺さ、もうなんか……疲れちゃって」 「ヒナ、ちょっと」 「ずっとずっと待ってた。なんか、はは、待ち疲れちゃってさー……ごめんな」 「いや、ちょっと待てって!」 「だから待てないんだよ!!」  一瞬の間。  イヅルの言葉に被さるように大きな声をだしてしまった。俺の言葉にイヅルは少しだけ固まって、その後、ため息のように小さな息を吐いた。 「……なんだよそれ。どうゆうことだよ……意味わかんねぇよ……俺、なんかした?」  がらりと周りの空気が変わった気がした。  重い……重苦しい雰囲気に、潰されそうになる。  イヅルが答えを求めている。  言わなきゃ。今、言わなきゃ…… 「……言葉の通りだ、イヅル。お前と別れたいって言ってんだよ」  ……これで俺はきっと、楽になれる。

ともだちにシェアしよう!