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たったヒトリ③

 プツリとテレビが切れた。タキがリモコンをテーブルにおき直す。  目が合って、頬に触れる手がゆっくりと首元に下りてきて……ため息をつくようにタキが呟く。 「……なんでお前、そんな顔すんだよ。せっかく俺が……」  小さく開いた口から静かに言葉がこぼれて、そこでプツリと途切れる。いつもの笑い顔が消える。  ……あのときと同じ  タキの真剣な瞳にとらわれる。 「ヒナ」  呟かれた名前。低くなった声がタキじゃないみたいでドキリとした。  俺は自然と目を瞑る。 「ヒナ」  首筋にあたった手がゆっくり頬に戻ってくる。冷たい、指先の感触。  ……コレは本当にタキなんだろうか 「ヒナ」  心地よい、声。  ーーこのまま。何も考えずに、この手にすべてをゆだねたい。  ……ここにいるのはイヅルじゃないのか?  幻想に包まれる。 「ヒナ」  聞こえる言葉がだんだん近くなる。顔に触れる吐息、身体から伝わる体温に、バカみたいに胸がバクバクしている。  何度か唇に触れた柔らかいもの。  目を瞑って手を重ねて。もうどうなってもいいかななんて、ぼーっとする頭の中でぼんやり考える。  タキは俺のコトを好きだと言ってくれているし。 自分を好きな相手、好きだといってくれる相手を好きになれたならどんなに楽なことだろう。  今はそうでなくても、このまま忘れられるかもしれない。  好意を抱かれるのは気持ちいいから。楽だから。 そうして辛いことを忘れられるから。  ……タキなら忘れさせてくれるかもしれない  イヅルに会えない寂しさも  分かりあえない心の苦しみも…… 「ヒナ」  そんなことを思って瞳を瞑ったまま、身体を預ける。ベットの上で重なりかけていた身体が急に離れる。 「……?」  違和感に目を開ける。目の前には今までにみたことがないくらい、真剣な瞳をしたタキがいた。 「タキ?」 「……ヒナ。ちゃんと俺を見ろよ」  タキが俺の片手を取る。そうして自分の胸にあてた。 「タキ?」 「俺は……イヅルじゃない。イヅルの代わりじゃない。目を瞑らないで。ちゃんと俺を見て」 「タ……」  ドキリとした。胸のうちを見透かされたようで。そのままタキの唇が近づいてくる。視界に入るのはタキの真剣な瞳。 「……ッ」  咄嗟に顔を背けた。傷ついたようなタキの顔が目にうつる。  でも…… 『嫌だ』と思ったんだ。 『駄目だ』と思った。  理屈じゃなくて、そうじゃなくて。  こいつじゃないってどこかで言ってる。  なんで……?さっきまではなんとも思わなかったのに。今、目の前にいるタキを見て、逃げなきゃとすら思ってしまう。 「……これが答え……か」 「…………」  しばしの沈黙の後、タキがぼそりと呟いた。 俺の上から降りて、ベットの端に腰掛ける。その顔は笑っていたけど、いつものタキの顔じゃなかった。自嘲気味な、そんな笑み。  タキにそんな顔、全然似合わない。 「タキ……」 「や、別に分かってたし、ごめんな。ヒナに笑っててほしいだけだなんていっといて、急にこんなことして。やっぱりヒナはイヅルのことすげー好きなんだな」  起き上がって、タキの隣に腰掛けた。  こっちを向いたタキの顔は、いつもの笑顔だったソレがなんだかすごく切なくて、申し訳なくて。なんていったらいいのか分からなくなった。 「別に、そんなこと……」 「そんなこというなよ。ヒナの気持ちはこんなにはっきりしてるじゃん……イヅルのこと好きだろ?」 「……イヅルとはもう、別れたし……俺……俺はタキのことが……」  言いかけて、止まる。  目の前のタキがすごく優しい顔をして、でも、泣きそうな顔をして笑っていたから。  俺はまた……何を言おうとした? 『タキのことが』……?  好きだって??  そんなことをして、タキにまでウソをついて。そうまでして、また楽になりたいのか?  自問自答を繰り返す俺の胸の内を知っているかのように、タキは静かに笑っていて、顔を上げた俺と視線があうと、ゆっくりと話しだした。 「迷うなよ、ヒナ。お前はイヅルが好きなんだよ。最近お前ら一緒にいないし、イヅルの様子もおかしかったから、変だって思ってたんだ」

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