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たったヒトリ④
「イヅルと別れたんなら、もしもお前がもう割り切ってるんなら……そうしたらもう一度ヒナに告白しようって。そう思ってた。でも、今はっきり分かった。やっぱりヒナはイヅルが好きなんだ」
「タキ……」
「ごめんな。迷わせるような事言って。そうだよなー!そんなすぐに気持ち割り切れるわけねぇよな。わかってたから、大丈夫」
「タキ」
そう言ってこっちを見て笑う顔はもういつものタキの顔だった。俺はなんていったらいいのか分からなくて、バカみたいにタキの名前を繰り返し呼ぶことしかできなかった。
……俺はほんとにバカだ
なんで今更。どうして取り返しのつかない今頃になって。どうしようもなくイヅルを好きだという事実を認めてしまうんだろう。
このままずっと自分の気持ちを押し殺して、ずっとずっと自分にウソをついて。そうしてタキと付き合ったほうがどんなに楽で、幸せか分からない。
なのに
なのに……どうして……
「……だって……もうどうしょうもない……」
「ヒナ?」
唇から自然に零れ落ちた言葉はなぜか震えていた。自分でもびっくりするくらいの聞こえないくらいの小さな声。タキが不思議そうに聞き返してくる。
「なにが?どうしようもないって……」
「もう……俺たち、別れたんだ。俺がいくら好きだって……もう、イヅルは俺のことなんて忘れてるに決まってる……」
言葉が震える。うまくしゃべれない。
「イヅルはいつだってそうだ。俺の事なんてどうだっていいんだ。イヅルの中にあるのはとにかく部活が一番で他にも優先させるものがたくさんあって……だから俺なんか居なくても、俺なんかじゃなくても……それに、きっとすぐに代わりが見つかってる……」
「それ、イヅルがそういったの?」
「……知らない。でも、そうに決まってる…」
何を言いたいのか、自分でもうまくまとめられなくて。でも溜めていた思いばかりが溢れて、言いながら涙がこぼれたのが分かった。
……悔しかった
自分で言った言葉が。自分自身の言葉が、悔しかった。
だってソレは『絶対』だから。
イツルにとっての一番は俺じゃない。
ぐすぐすと鼻をすする音だけが部屋の中に響いた。タキは何も言わなくて。でも、ゆっくり頭を撫でてくれた。
普通に考えたら人に頭を撫でられるなんて、嬉しいようなことじゃないけれど。今はそこから伝わる暖かさに、ひどく安心したんだ。
……やっぱり優しい
だから余計に泣けてくる。
どうなってんだ、俺は。
こんなに女々しいやつにいつからなった?
……イヅルに会わなければ
イヅルに会うまで、こんなことはなかったのに。
「……行こう」
しばらく沈黙が続いた後、静かにタキが口にした。
「どこへ?」
とっさに言われた言葉に意味がわからず、俺はタキを見つめなおす。もう涙は乾いていた。
「本人に確かめにだって。決まってるじゃん」
「は?本人って……?」
「イヅル。今ならもう寮にいんだろ」
「え?ちょ……!タキ……!!」
手を掴まれてドアまでつれていかれる。
……焦る
何をいいだすんだ急に。イヅルに会うなんて……
「イヅルに会うの……コワい?」
「え……」
立ち止まったタキの背中にぶつかった。ぼそりと呟かれた言葉の答えに詰まる。ドアを背にクルリと振り返ったタキの、真剣な瞳に見つめられる。
「――ヒナ、逃げんなよ。楽な方を選んじゃ駄目だ。イヅルだってきっと、待ってるんだから」
そうしてタキはまた歩き出して。俺はその後ろ姿を何も言わずについていった。
もう、手は握られてなかった。
なんで?とか、どうして?とか。
疑問はあったけど……
『イヅルだって待ってるから』
……根拠のないその言葉が、今はとても嬉しかったから
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