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心の繋がり④

「……でもさ。悩んだって結局は同じことなんじゃねぇの?」  しばし沈黙が続いた後。  爽やかな風が吹きわたる細い砂利道を、音をたてて歩きながらダイチがふと口を開いた。 「え?」 「結局はさ、最後に決めるのは自分だろ?いろいろ悩んだってさ、最初から答えは自分の中にあるもんなんだよ。そう思わねぇ?」 「まあ……」  振り向いたダイチはどこか遠くの方を見つめて、そうして俺と視線を合わせた。その、いつになく真剣な顔に少し戸惑う。ダイチのそんな顔みたことないから。 「だいたいさ、早くから悩みすぎなんだよ。この半年の間になにがあるかなんて誰もわかんねぇんだし。もしかしたら数ヶ月後……いや、数日後に別れてるなんてこともあるかもしれないんだぜ?人の気持ちなんて簡単に変わるんだし」 「…………」  さっきまでの話からどうして俺が気になっていることを読み取ったのか。そもそもダイチはイヅルとのことを知っていたのか。  どこか冷めたように淡々と告げられたダイチの言葉に驚き、俺は返す言葉が見つからず、ただヤツの後をゆっくり歩いた。  確かにダイチの言う通りかもしれない。  今からそんなこと真剣に悩むなんて馬鹿げてる。無駄な時間なのかもしれない。  いつなにが起こるかなんてわからないんだし  人の気持ちなんて簡単に変わるんだし…… 「……でもそんなん、わかんねぇじゃん」 「ん?」  小さく呟いた言葉にダイチが立ち止まった。 「気持ちは変わる……なんて、わかんねぇじゃん」  隣に立ち止まって、再び呟いた言葉にダイチが軽く笑った。 「何言ってんだよ。変わるに決まってんじゃん」 「……わかんねぇじゃん」 「わかるよ」 「なんでダイチがわかんだよ。そんなん言い切れないだろ?」 「言い切れる」 「どうして」  いつのまにか大きくなった声。気がつけば、何故だか必死になって言い返していた。  なんで俺はこんなになってんだ? 離れたら変わるなんて。そんなこと言われたら本当になってしまいそうで……。  ……ああ、そうか。  俺はやっぱり不安だったんだ。  信じてる……信じなければ挫けてしまいそうだから。  ようやく気付いた自分の思いにはっとしたように固まる俺をよそに、聞こえた楽しそうな笑い声。 「あはは!なんだよ、ナオ。そこまでわかってて、自分の中で答えはでてんのに一体何を今から悩んでるわけ?」  両手をポケットに突っ込みながらおかしそうに笑うダイチ。  仕方ないなぁ、というような肩をすくめる動作。 そのままゆっくりと歩きながら、ポツリポツリと言葉をつなげる。 「進路がどーとか、ハルカがどーとか、言ったって、結局は自分が自分で決めるんだし。ナオの中ではどうしたいかなんて、決まってんじゃん?だったら今から悩むなんて馬鹿らしいことやめて、今は今を思いっきり楽しみゃいいじゃん。何かが決まってから悩めばいんだよ」  アハハと明るく笑って肩を叩くダイチの言葉は、すんなり俺の中に入ってきた。  ダイチと話したことで、俺の胸のもやもやは嘘みたいに消えた。  ダイチに付き合ってやったはずなのに、これじゃ俺のほうが付き合ってもらったみたいだ。  校門まできたとき、ポケットのスマホがプルプル震えた。 「……あ、イヅルからだ」  呟いた言葉にダイチがほらな?と小さく笑った。 ◇  3年になってからの月日は早い。  クラスに仲がいい奴らが多いせいもあってか、毎日があっというまに過ぎていく。  バレー部は春の大会で再び全国まで出場した。今年はベスト8にとどまったけれど、去年は2位。これでイヅルのいた3年間はすべて全国ベスト10入りだ。  3年生は本来ならこれで部活は終わりになるのだけれど、イヅルはいまだに毎日のように部活に呼ばれていた。  南やタキはでてないのに、なんでイヅルだけ?という疑問はあったけれど、イヅルはいつも忙しい奴だったから、いまさらそんなに気になることもなかった。  担任から進路調査用紙が配られたある日、珍しくイヅルの部活がなかった。俺は学校帰りに久々にイヅルの部屋に寄っていった。 「……なんかここにくんのすげー久しぶりな気がする。」  部屋に入って呟いた一言にイヅルが笑った。 「そっか?まぁでも毎日クラスで一緒だしなー。最近また部活ばっかいってたしな、俺。」   カバンをバサリと床に投げて、イヅルが俺の隣に座る。そのまま自然と腕が伸びてきて、気付けば俺はイヅルの腕の中だ。  ……こんなんじゃごまかされねぇからな、なんて。  胸中で言い換えしても、振りほどくなんてことはできやしない。  でも、伝わる温もりにひどく安心して、素直に言いたい言葉が滑り落ちた。 「……んな嘘ばっか。なんでタキや南はよばれねぇのに、お前だけ呼ばれんだよ」  回された腕をそっと手を伸ばして掴む。イヅルが小さく笑ったのがわかった。 「なんだよ、拗ねてんのかよ」 「ちげえよ」 「嘘ついてごめん。ってか、嘘じゃないってゆーか、でも部活じゃないから嘘なのかな?いや、でも嘘じゃないっつーか……」 「何言ってんだよ。どっちだよ、マジで」  訳の分からない言い訳をしはじめて、自分で混乱してるイヅルがおかしくて、怒ったふりをしていたのに我慢しきれず笑ってしまった。イヅルも一緒になって笑い出す。  ふと、笑いが途切れたところで、イヅルが一つづつ整理するように、ゆっくりと話しだした。 「うん……前々からさ、ヒナには早く言わなきゃって思ってたんだけどさ……」 「うん」 「ヒナ、地元から離れる気はないって言ってたし、なんか言いそびれちゃって」 「……うん」 「つっても、まだ親以外に誰にも言ってないんだけどな」  ……イヅルが何を言おうとしているのか。  俺は何も伝えられてないのに、なんだかうっすらとわかっていたんだ。 「……俺さ、進学しない。プロチームに入ることにした。」  はっきりとした声で告げられた言葉。  ゆっくり顔をあげると、真剣な瞳をしたイヅルと視線があった。

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