111 / 120
心の繋がり⑤
衝撃……はあまりなかった。
イヅルの言葉を聞いた瞬間、やっぱり、と思った。
俺はどこかで感付いていたんだろう。だから、あえて聞かずに今まで過ごしてきたんだ。
無言のまま平然を装う俺から視線を外して、腕を離したイヅルがゆっくり窓の方へ歩きながら続きを口にする。
「地元の大学じゃなくて……声、かけてもらってるバレーチームに入ろうと思ってるんだ」
夕日に照らされた後ろ姿が眩しい。
「へぇ……どこの?」
平然を装った声は小さく擦れていた。
「いや、まだ決めてねぇけど。こないださ、大会の後に2つのチームの人が何度か学校まで来てくれてて……いろいろ具体的な話とかもコーチと一緒に聞いてもらってたりしたんだ。まだどっちにするかは決めてない。でもまあ、ここをでることに変わりはないかな」
「ふーん……」
ああ、そうか。
お前だけが部活にいってた理由ってそれだったんだ。
なんだか現実ではないようだった。どこか他人事のような返事をすると、そこまで真面目に話していたイヅルが急にぷっと吹き出した。
「ふーんって……なんか他にねぇの?案外びっくりしなかったなー」
「別に……なんとなく予想してたし」
「そっか……」
「ああ」
「……」
「……」
そこでふと窓際まであるき出したイヅルが、シャッとカーテンを開け、そうして言葉を止めた。つられるように俺も口を閉じる。
ーー沈黙。それほど重いものじゃない……けれど。これから聞かされる話を想像して、俺の気持ちは沈んでいた。
そのまま数分はすぎただろうか。ふいにイヅルが窓の外を見つめたまま、言葉を口にした。
「……ほんとはさ」
「?」
一言、イヅルが呟いて振りかえった。少し瞳を細めて、懐かしむような笑みを浮かべて。
「ほんとは俺……バレーなんて高校でやめようと思ってたんだ」
「え?」
驚いたように答えると、優しげな笑顔が視界にうつる。
「……最初はさ、お前、背が高けえな、バレー部入らないかってとこからはじまってさ。俺はサッカー部入りたかったんだけどなぁって」
「え、お前がサッカー?!」
初めて聞いたイヅルのバレーを始めるきっかけになった話。イヅルの口からバレー以外のスポーツがでてくるとそれだけで新鮮に感じてしまう。
「うん。だけど、やってみてバレーって楽しいなって思ってきたし、仲間もできたし、結果的にはよかったんだけどさ。でも、そのうち全国だ!お前ならまだできるとか言われてるうちに、バレーを楽しいからやるんじゃなくて、バレーをやらなきゃいけないみたいに感じるようになっちゃって」
「それが入学当時のころ?」
「ああ。だから、なんか自分の意志なんか関係なしに周りから言われるままに、俺はバレーを続けてるんだと思ってた。……でも、どうせやるからにはって精一杯頑張ってたんだ。だからといってプロになるつもりなんて全然なかったし、この三年間やりとおしたらやめるつもりだった」
「そうだったんだな」
「でも……この三年間、真剣にとりくんだら、なんだか試してみたくなったんだ。自分の実力がどこまで通用するのか」
「イヅル……」
そんな言葉をはっきりといい切ったイヅルを、俺はじっと見つめていた。
心底、かっこいいと思った。
『やりたいことがやりたい』
『自分の力を試したい』
……そんな台詞をはずかしげもなく言えてしまうイヅルが。
しばらく言葉も忘れて見つめるままの俺に、イヅルが一度照れくさそうに俯いて、そうしてもう一度瞳が合う。
「それにさ」
「?」
顔をあげたイヅル。少し頬が赤い。
「それに……ヒナが言ってくれたから」
「え」
その口から発せられたのは意外な言葉で、俺は唖然としてしまう。そんな俺の顔をみて、イヅルは優しい笑みを浮かべたまま、思い出すように話しだした。
「ヒナが……バレーをしてるときが一番かっこいいって、楽しそうだって言ってくれたことあったろ?……ああ、そうなのかなって。なんだかんだ言っても、俺はバレーが好きなんだなぁって。そのときにさ、ヒナの言葉で気付いたんだ。……だからヒナのおかげでもあるんだ」
「……んなこと……」
「ある」
照れ隠しに咄嗟にいいかけた言葉。それが言いおわる前にイヅルが言葉を重ねて……
「…ぷ」
「はは」
「あはは!」
「ははは」
なぜか自然と俺たちは笑っていた。意味もわからないまま、ひとしきり笑って。そうして、その笑いがどちらともなく止まった。
いつのまにか、イヅルが真剣な瞳で俺を見つめていた。沈黙のまま、俺もヤツの瞳を見つめ返す。
「……ヒナ。俺、どこに行くことになるかわかんないけどさ」
ふと、小さな声でイヅルが呟いた。
「……ヒナも一緒に来る?」
ともだちにシェアしよう!