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心の繋がり⑤

 衝撃……はあまりなかった。  イヅルの言葉を聞いた瞬間、やっぱり、と思った。  俺はどこかで感付いていたんだろう。だから、あえて聞かずに今まで過ごしてきたんだ。  無言のまま平然を装う俺から視線を外して、腕を離したイヅルがゆっくり窓の方へ歩きながら続きを口にする。 「地元の大学じゃなくて……声、かけてもらってるバレーチームに入ろうと思ってるんだ」  夕日に照らされた後ろ姿が眩しい。 「へぇ……どこの?」  平然を装った声は小さく擦れていた。 「いや、まだ決めてねぇけど。こないださ、大会の後に2つのチームの人が何度か学校まで来てくれてて……いろいろ具体的な話とかもコーチと一緒に聞いてもらってたりしたんだ。まだどっちにするかは決めてない。でもまあ、ここをでることに変わりはないかな」 「ふーん……」  ああ、そうか。  お前だけが部活にいってた理由ってそれだったんだ。   なんだか現実ではないようだった。どこか他人事のような返事をすると、そこまで真面目に話していたイヅルが急にぷっと吹き出した。 「ふーんって……なんか他にねぇの?案外びっくりしなかったなー」 「別に……なんとなく予想してたし」 「そっか……」 「ああ」 「……」 「……」  そこでふと窓際まであるき出したイヅルが、シャッとカーテンを開け、そうして言葉を止めた。つられるように俺も口を閉じる。  ーー沈黙。それほど重いものじゃない……けれど。これから聞かされる話を想像して、俺の気持ちは沈んでいた。  そのまま数分はすぎただろうか。ふいにイヅルが窓の外を見つめたまま、言葉を口にした。 「……ほんとはさ」 「?」  一言、イヅルが呟いて振りかえった。少し瞳を細めて、懐かしむような笑みを浮かべて。 「ほんとは俺……バレーなんて高校でやめようと思ってたんだ」 「え?」  驚いたように答えると、優しげな笑顔が視界にうつる。 「……最初はさ、お前、背が高けえな、バレー部入らないかってとこからはじまってさ。俺はサッカー部入りたかったんだけどなぁって」 「え、お前がサッカー?!」  初めて聞いたイヅルのバレーを始めるきっかけになった話。イヅルの口からバレー以外のスポーツがでてくるとそれだけで新鮮に感じてしまう。 「うん。だけど、やってみてバレーって楽しいなって思ってきたし、仲間もできたし、結果的にはよかったんだけどさ。でも、そのうち全国だ!お前ならまだできるとか言われてるうちに、バレーを楽しいからやるんじゃなくて、バレーをやらなきゃいけないみたいに感じるようになっちゃって」 「それが入学当時のころ?」 「ああ。だから、なんか自分の意志なんか関係なしに周りから言われるままに、俺はバレーを続けてるんだと思ってた。……でも、どうせやるからにはって精一杯頑張ってたんだ。だからといってプロになるつもりなんて全然なかったし、この三年間やりとおしたらやめるつもりだった」 「そうだったんだな」 「でも……この三年間、真剣にとりくんだら、なんだか試してみたくなったんだ。自分の実力がどこまで通用するのか」 「イヅル……」  そんな言葉をはっきりといい切ったイヅルを、俺はじっと見つめていた。  心底、かっこいいと思った。 『やりたいことがやりたい』 『自分の力を試したい』  ……そんな台詞をはずかしげもなく言えてしまうイヅルが。  しばらく言葉も忘れて見つめるままの俺に、イヅルが一度照れくさそうに俯いて、そうしてもう一度瞳が合う。 「それにさ」 「?」  顔をあげたイヅル。少し頬が赤い。 「それに……ヒナが言ってくれたから」 「え」  その口から発せられたのは意外な言葉で、俺は唖然としてしまう。そんな俺の顔をみて、イヅルは優しい笑みを浮かべたまま、思い出すように話しだした。 「ヒナが……バレーをしてるときが一番かっこいいって、楽しそうだって言ってくれたことあったろ?……ああ、そうなのかなって。なんだかんだ言っても、俺はバレーが好きなんだなぁって。そのときにさ、ヒナの言葉で気付いたんだ。……だからヒナのおかげでもあるんだ」 「……んなこと……」 「ある」  照れ隠しに咄嗟にいいかけた言葉。それが言いおわる前にイヅルが言葉を重ねて…… 「…ぷ」 「はは」 「あはは!」 「ははは」  なぜか自然と俺たちは笑っていた。意味もわからないまま、ひとしきり笑って。そうして、その笑いがどちらともなく止まった。  いつのまにか、イヅルが真剣な瞳で俺を見つめていた。沈黙のまま、俺もヤツの瞳を見つめ返す。 「……ヒナ。俺、どこに行くことになるかわかんないけどさ」  ふと、小さな声でイヅルが呟いた。 「……ヒナも一緒に来る?」

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