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心の繋がり⑥

『ヒナも一緒にくる?』  夕日を背に、俺を見つめるイヅルの真剣な瞳。思わず息を呑んで固まる。見つめあったまましばし沈黙が続いて、それを先に破ったのはイヅルの方だった。 「……なんてな。アハハ」 「はは……なんだよ……笑えねぇ冗談やめろよ、はは」 「……嘘。本気」 「え………」  その場を和ませるかのように繋がれた言葉に笑いかえすと、一瞬止まったイヅルが発したのはそんな返事で。  ーー嬉しい。とてつもなく嬉しいんだ。イヅルにそんな言葉をかけてもらえるだなんて。  でも……違う。  頭の中が完全に混乱している。けれど、なぜかすぐに浮かんだのはその一言だった。  おかしいんだ。本当なら嬉しくて嬉しくて仕方ないはずじゃないか。だからよろこんで返事をしたいところなのに。  なのに…… 「ヒナ?」 「……」  何を俺はこんなに混乱しているんだろう? 『……違う。』  頭の中でぐるぐるまわる言葉。  ……俺が求めていたものは、これじゃない。  こうゆうことじゃないんだ。  確かにイヅルについていけば、ずっと一緒にいられる。  就職も進学も、まだ何も考えてない今。だからこそそんな未来だってあるんだ。  イヅルと一緒に一からやっていく。イヅルの近くで仕事を探して、そばにいる。  すべてが初めてになる、社会人への第一歩。  それを二人で進んでいける。  悩んだり、苦しんだり、喜んだり、それを同時に感じて共有して過ごしていく。  ……幸せなことだと思う。  願ってもいないことじゃないか。 ーーだけど。  目の前で照れくさそうに笑うイヅルの顔を見て、なんだか泣きそうになった。  夢や、希望。  それに向かっていける強い意志に、実力。  求められて、必要とされる存在。  何もない俺と、何もかもを溢れるくらい持っているイヅル。 ……このまま、こんな俺がイヅルのそばにいてもいいんだろうか?  知らない土地、人。慣れない生活……そんな中で、俺はイヅルを支えてやれるのか……?  いや、むしろ不安になって支えが必要になってしまうのは、何も持っていない自分自身の方じゃないだろうか?  完全に足手まといだ。  ただでさえ、華やかなプロスポーツの世界に入っていくイヅルにとって、自分の存在はかなりの不安要素になることは間違いない。  これから先のあるイヅルにとって、俺は今のままでは……完全にお荷物なんだ。  そこまで考えて、どうしようもなく沈んだ気持ち。  一番いい結論を知っている。  どうすればいいかも……わかってはいる。  でも……不安で不安で仕方ない。  好きなだけでついていく……それができないってわかっているんだ。  だから……好きだから離れる。そうすればいいだけの話。  ただ、どうしても拭いきれない不安の渦。  離れていたら……気持ちは離れてしまうのではないだろうか。  絶対、という言葉は嘘だと思うし、自分もそうとは言いきれないけれど……それでも俺はイヅルを思い続ける自信があった。  この思いだけは誰にも負けない。消えることのない、薄れることのない感情。今まで抱いたことのないここまで深い思いは簡単に消えるはずがないと思うから。  でも、イヅルはどうだろう。  イヅルのプレーがたくさんの人の目に見られて、寄ってくる奴らは今までの比じゃなくなる。今でさえ周りからもてはやされてんのに、それどころの騒ぎじゃないだろう。尊敬して、敬う奴らはいくらでも現れるんだ。  そんな中でも、イヅルは俺だけを変わらず思い続けてくれるのだろうか?  悶々と頭の中に考えがめぐる。 『ユウの後を追って学校決めたんだって』 『人の気持ちなんて簡単に変わるんだし』  うるさい。黙れ。  ふと、視線に顔をあげると苦笑するように笑うイヅルと目が合った。 「なんで笑ってんだよ……イヅル」 「や、だってヒナ、悩んでるみたいだから」 「……!そりゃ悩むだろ。場合によっては……一生に一度の決断になるだろうし……」  小さく呟いて口籠もる。  言いたい、言ってあげたい一言が言えない。言う勇気が……ない。  ふわっと、前髪が揺れた。気付けば目の前にいたイヅル。  そうしてーーそんな俺の気持ちを全部知ってるかのように、少し寂しげに笑った。 「俺さ、多分。いや絶対、ヒナが想像してるよりずっと……ヒナのこと好きだよ?」 「イヅル」  困ったように笑うイヅルの顔。  その言葉で、すべてがふっきれた。 ◇  あんな話をしてから俺たちは毎日をいつも通り過ごした。残された時間を無駄にしたくなくて、勉強する時間すら一緒にいられるだけで幸せだった。  そうしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎていったんだ。  ーー数ヶ月後。  イヅルは地元の大学チームではなく、関東で有名な企業のチームに所属することが決まった。  俺は結局、浪人生という名のフリーター。  三流大学に進学する道もあったけど、これ以上勉強するつもりもなかったから。  地元に残ってゆっくりやりたいことを探す……これが俺のだした結論。  気持ちだけで走ることなんてできない。  これが普通の恋愛だったなら、イヅルの言葉をもっと簡単に受け入れられたのかもしれない。  でも、違うから。  気持ちだけで、そばにいたいだけで。何もないままついていくなんて……俺にはそんなことできないから。  せめて、自分のやりたいことを見つけて自分自身が自立したい。依存してばかりの関係なんて必ずどこかでひずみがでる。  頼るんじゃなくて、対等に。  胸をはって並べる存在に。  イヅルとこれからもずっと繋がっていられるために、俺は離れることを決意したんだ。  ……けれど、これは『永遠の別れ』じゃない。  これは、俺たちがいつまでも一緒にいるための……未来ある別れなんだ。

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